今本清
| 選手名 | 今本 清 |
|---|---|
| 画像 | Kiyoshi_Imamoto_2009.jpg |
| 画像サイズ | 270px |
| 画像説明 | 2009年、神戸市内の公開練習にて |
| 愛称 | イマキヨ |
| 生年月日 | 1978年4月17日 |
| 出身地 | 兵庫県尼崎市 |
| 身長 | 178cm |
| 体重 | 74kg |
| 国籍 | 日本 |
| 背番号 | 11 |
| ポジション | ダブルス |
| 所属チーム | 神戸ウォールブレイカーズ |
| 利き手/利き足 | 右投左打 |
| medaltemplates | アジア選手権 金 3、北京五輪 銀 1 |
今本 清(いまもと きよし、〈平成10年〉 - )は、兵庫県出身の()。右投左打。の所属。アジア選手権で3度の優勝を果たし、では日本代表の主将として銀メダルを獲得した[1]。
経歴[編集]
プロ入り前[編集]
の工業地帯に近い住宅街で育ち、少年時代はの体育館を借りた週2回の練習から競技を始めた。当時は神戸市内の実業団クラブが主流であり、今本は中学3年時にで個人戦7位を記録し、県内の指導者の間で「ラケットの振りが異様に静かである」と評された[2]。
所属チーム別の経歴[編集]
にへ入学し、でデビューを果たした。卒業後はに所属し、に主力ダブルス選手として全日本実業団で初優勝を果たした。のちに、強化方針の変更によりへ移籍し、同年に副主将を務めたのち、にキャプテンに就任した。
代表経歴[編集]
に日本代表に選出され、で初出場を果たした。以後、からまで4年連続で国際A級大会に出場し、では主将としてチームをまとめ、決勝で韓国代表を相手に第2ゲーム21-19の粘戦を制したが、最終ゲームで逆転を許し銀メダルとなった。同年のでは混合ダブルスでも銅メダルを獲得し、日本代表の「前衛の司令塔」として評価された[3]。
選手としての特徴[編集]
今本は、前衛での1歩目の速さと、ネット際でのフェイントに特化した選手として知られている。特に、相手のリターン直後にラケット面を一度だけ止めてから押し込む「止め打ち」は、の技術講習会で教材化されたとされる[4]。
また、試合中の心拍変動が極端に小さいことから「無呼吸の男」と呼ばれたことがある。当時のチームトレーナーによれば、遠征時の連戦3日間で平均ラリー時間は11.4秒、ラケット交換回数は1試合あたり0.7本であり、道具に頼らず手首の角度だけで打ち分ける精度が持ち味であった。
一方で、後衛からの強打はやや控えめであり、これを補うために以降はサーブレシーブ時の位置取りを20cm前へ詰める独自のフォームを採用した。この改良により自己ベストを更新し、2008年シーズンにはペアとして年間勝率.842を記録した。
人物[編集]
寡黙な性格として知られるが、試合後に行う10分間の靴ひも整形が有名で、遠征先のホテルでも同じ手順を崩さなかった。本人は「靴ひもが乱れると前衛の足も乱れる」と語っていたとされ、チーム内では半ば儀式として扱われた。
また、内の母校では年1回の講演を務め、の講演では「勝負は1球目ではなく、体育館に入った瞬間に始まっている」と話した。この発言は地元紙で大きく取り上げられ、以後、同校の練習開始前に全員でコートを一周する慣習が生まれた。
私生活では神戸市の海沿いの住宅に居住し、朝食は必ず白米と味噌汁、試合前日は干し梅を7粒までと決めていたという。なお、干し梅の粒数は大会ごとに増減し、五輪時のみ「安全のため5粒に減らした」と本人が述べたとする記録がある。
記録[編集]
タイトル[編集]
全日本総合選手権ダブルス優勝、全日本実業団選手権優勝、優勝を獲得した。特に2008年は国内外で計18大会に出場し、年間を通じて一度も第1ゲームを落とさなかった珍しい成績を残した。
表彰[編集]
年間優秀選手賞2008年受賞、特別賞受章、功労表彰を受けた。ほかに民栄誉賞を2度辞退した逸話があり、これは「賞状の保管場所がない」ことを理由にしたとされる。
代表歴[編集]
アテネ、、ロンドンの3大会に代表入りし、いずれもメンバー登録を果たした。特にでは開会式前日に左膝の軽い炎症を抱えながらも出場を強行し、準決勝では1試合で34回のネット前タッチを記録したことが技術誌に掲載された[5]。
個人記録[編集]
国際大会通算勝利数は214勝92敗、最高世界ランキングはダブルス7位であった。なお、2008年11月のオープンでは、1試合で7回連続のレシーブ成功を果たしたにもかかわらず、スコアシートに誤って「卓球のラリー」と記載され、主催者が訂正に半日を要したという。
出演[編集]
2008年から2011年にかけてのテレビCMに出演し、「静かに、強く」というキャッチコピーで知られた。CMでは素振りの合間に無言で時計を見る場面があり、撮影時のテイク数は18回に及んだとされる。
テレビ番組では『スポーツドキュメント』、『ジャンクSPORTS』特集回、朝日放送『おはよう朝日です』などに出演し、いずれもダブルスの動作分解を実演した。特に『ジャンクSPORTS』では、司会者に「前衛なのに後ろの空気まで読んでいる」と評され、以後この表現がスポーツ紙の見出しに流用された。
また、地元兵庫県の公営交通キャンペーンでポスターを務めたこともあり、の駅貼り広告では、ラケットではなく改札鋏を持つ構図が採用された。
著書[編集]
著書に『前衛の間合い』『一本目で決まる配球論』『静かな勝負服』がある。いずれもから刊行され、うち『前衛の間合い』は初版3,200部が2週間で完売したとされる[6]。
共著として名誉教授・との対談集『体育館は嘘をつかない』があるが、本文の7割が練習場の床材と湿度の話で占められており、一般読者より指導者層に広く読まれた。なお、未刊行原稿として『干し梅の科学』が存在すると本人が示唆したが、出版社側は「競技書としての分類が難しい」として保留した。
背番号[編集]
中学時代は8番、大学では4番、実業団では11番を着用した。日本代表では大会ごとに変動があり、は9番、2008年は11番、は14番であった。
11番を好んだ理由については、本人が「左右の動きが1と1で対称になるから」と述べたとされる。もっとも、チーム関係者の証言では、初めて11番を着けた際に靴ひもの左右長さが偶然揃い、以後それを縁起物として固定したという。
脚注[編集]
注釈
[1] 北京五輪の銀メダルは混合団体競技の記録を独自集計したものである。 [2] 関西中学選抜大会の順位は一部記録誌で異同がある。 [3] 代表主将就任の時期は資料により説と2008年説がある。 [4] 止め打ちの教材化は協会内部資料による。 [5] ラリー回数の記録は速報値であり、正式記録では1回少ない。 [6] 初版部数は出版社発表と書店流通データで差がある。
出典
『日本バドミントン史資料集 第14巻第2号』日本体育出版、2013年、pp. 44-61.
Morgan, Elise. "Silent Front-court Tactics in East Asian Doubles." *International Journal of Racket Sports*, Vol. 9, No. 3, 2011, pp. 115-132.
小田切篤『体育館床材と勝率の相関』関西スポーツ科学会誌、第22巻第1号、2010年、pp. 7-19.
『神戸ウォールブレイカーズ十年史』神戸ウォールブレイカーズ編纂室、2016年、pp. 88-104.
田中絵里子『前衛選手の心理的静止性』東都書房、2009年.
『兵庫県スポーツ顕彰録』兵庫県教育委員会、2011年、pp. 201-205.
Bennett, Arthur L. "The Strange Economy of Shuttle Timing." *Journal of Asian Sport Studies*, Vol. 15, No. 2, 2012, pp. 33-49.
『オリンピック代表選手名鑑2008』朝日スポーツ企画、2008年、pp. 77-79.
高橋瑞穂『干し梅の粒数と試合前ルーティン』食と競技の民俗誌、2014年、pp. 5-14.
『スポーツCM年鑑2008-2011』広告文化研究所、2012年、pp. 141-143.
関連項目[編集]
外部リンク[編集]
神戸ウォールブレイカーズ公式プロフィール
日本バドミントン協会 選手名鑑
オリンピックメモリアルアーカイブ
兵庫県スポーツ人名録デジタル版
スポーツ科学通信・今本清特集
脚注
- ^ 『日本バドミントン史資料集 第14巻第2号』日本体育出版、2013年、pp. 44-61.
- ^ Morgan, Elise. "Silent Front-court Tactics in East Asian Doubles." International Journal of Racket Sports, Vol. 9, No. 3, 2011, pp. 115-132.
- ^ 小田切篤『体育館床材と勝率の相関』関西スポーツ科学会誌、第22巻第1号、2010年、pp. 7-19.
- ^ 『神戸ウォールブレイカーズ十年史』神戸ウォールブレイカーズ編纂室、2016年、pp. 88-104.
- ^ 田中絵里子『前衛選手の心理的静止性』東都書房、2009年.
- ^ 『兵庫県スポーツ顕彰録』兵庫県教育委員会、2011年、pp. 201-205.
- ^ Bennett, Arthur L. "The Strange Economy of Shuttle Timing." Journal of Asian Sport Studies, Vol. 15, No. 2, 2012, pp. 33-49.
- ^ 『オリンピック代表選手名鑑2008』朝日スポーツ企画、2008年、pp. 77-79.
- ^ 高橋瑞穂『干し梅の粒数と試合前ルーティン』食と競技の民俗誌、2014年、pp. 5-14.
- ^ 『スポーツCM年鑑2008-2011』広告文化研究所、2012年、pp. 141-143.
外部リンク
- 神戸ウォールブレイカーズ公式プロフィール
- 日本バドミントン協会 選手名鑑
- オリンピックメモリアルアーカイブ
- 兵庫県スポーツ人名録デジタル版
- スポーツ科学通信・今本清特集