全日本メダゲー散財協会
| 正式名称 | 全日本メダゲー散財協会 |
|---|---|
| 英語名称 | All Japan Medal Game Spending Association |
| 略称 | AJMSA |
| 設立 | 1978年4月12日 |
| 設立地 | 東京都台東区浅草 |
| 目的 | メダルゲームにおける健全な散財文化の研究・普及 |
| 会員数 | 約18,400名(2024年推計) |
| 事務局 | 神奈川県横浜市中区の共同通信ビル別館4階 |
| 機関紙 | 『月刊スロットボール』 |
全日本メダゲー散財協会(ぜんにほんメダゲーさんざいきょうかい)は、日本各地の愛好者および娯楽施設事業者によって構成される、の適正化と体験価値の保存を掲げる民間団体である。に東京都台東区の娯楽研究会から派生したとされ、現在も会員の“投入額の自己申告”をめぐって独特の統計文化を持つ[1]。
概要[編集]
全日本メダゲー散財協会は、に対する支出行動を「散財」として否定せず、むしろ文化的実践として整理しようとする団体である。会員は主に経営者、常連プレイヤー、筐体整備士、ならびに“閉店前の追いメダル”を研究する個人から成るとされる。
同協会の特徴は、遊技の勝敗よりも「どこで、いくら、どのような感情でメダルを投入したか」を記録する点にある。これにより、単なる娯楽団体ではなく、半ば社会学的な調査機関として扱われることもあるが、実態は周年大会の景品がやや過剰であるため、内部からも“公益性の演出が濃い”と指摘されている[2]。
歴史[編集]
創設期[編集]
協会の起源は、上野周辺のゲームセンターで行われていた非公式な“メダル消費記録会”に求められる。発起人とされるは、当時系の端末保守をしていた人物で、筐体ごとの減算速度を手帳に記録していたことで知られる。1978年4月12日、浅草の喫茶店『ローヤル西館』二階にて「全国メダル散財研究懇話会」が開かれ、これが後の協会の母体となったとされる。
初期の会合では、メダルを“勝ち残りの記号”ではなく“時間を買う硬貨状の装置”とみなす理論が提案された。特に昭和54年に発表された『投入額の儀礼性について』は、実際にはコピー用紙16枚の私家版であったにもかかわらず、後年の会員の間で準古典として扱われた。
拡大期[編集]
1980年代に入ると、千葉県や大阪府の大型娯楽施設が協力し、協会は「散財級」「準散財級」など独自の評価体系を導入した。これにより、会員は自らの投資を“敗北”ではなく“散財達成”として申告できるようになった。この制度は一部の会員に熱狂的に支持され、週末ごとに池袋や川崎へ遠征する“遠征散財派”を生んだ。
1987年には、事務局が初めて統計を公開し、年間平均散財額が会員一人あたり、うちが“戻り待ちの追加入金”であったと報告した。ただし、この数値は機械ごとのメダル払い出し履歴ではなく、自己申告とレシートの切れ端を突合した結果であり、信頼性については当時から疑義があった[3]。
制度化と対外活動[編集]
後半には、協会は的な監視を意識した自主ルールを整備し、「夜9時以降の“あと一回”提唱の禁止」や「残メダル48枚未満での連れ込み勧誘の抑制」などを定めたとされる。一方で、実際には店舗側が会員章を掲示することで集客効果を狙う例も多く、理念と商業が結びついた独特の関係が形成された。
には横浜で第1回全国散財大会が開催され、優勝は「1,000枚を3時間14分で視認性よく溶かした」女性会員、であった。記録認定の方法が極めて曖昧であるとの批判もあったが、協会は「散財は結果ではなく姿勢である」として基準改定を行わなかった。
組織[編集]
協会の中央組織は、会長、副会長、統計局長、筐体観察委員長、そして“閉店間際特別顧問”から構成される。会長職は原則として三年任期であるが、実際には周年大会の司会を最も滑らかにこなせた人物が就く慣例があり、学術団体というより演芸協会に近い様相を呈している。
地方支部は北海道から沖縄県まで32支部存在するとされるが、活動実態が確認できるのはそのうち19支部前後である。なお、ではメダル投入前に深呼吸を三回行う儀礼があり、では「確率の波は潮目に似る」とする独自の口伝が残る。
主な活動[編集]
主な活動は、メダルゲーム筐体の保存、店舗別散財指数の発表、会員向け講習会、および“メダルを落とさずに帰る”ことを目標とする節度教育である。毎年秋には東京都墨田区の会議室を借りて「追いメダル禁止週間」の啓発シンポジウムが開かれ、参加者には金属製のしおりと未使用メダル風の記念硬貨が配られる。
また、協会は筐体メーカーとの共同調査も行っており、系とされる古参機種の払い出し音が人間の判断を2.3秒遅らせるという研究を公表したことがある。研究報告には「効果は個人差が大きい」と記されていたが、末尾に“なお、閉店前はすべての個体差が消える”という一文があり、編集委員会で軽い議論になった。
社会的影響[編集]
協会の活動は、一部ではゲームセンター文化の保存に寄与したと評価されている。特に、1990年代後半に撤去が進んだ大型メダルゲーム機の台帳が、協会の写真班によって多数残されたことは、後年の筐体史研究において重視されている。
一方で、散財を肯定的に語る言説が若年層の過剰投入を正当化するのではないかという懸念も示された。このため協会は2011年以降、未成年向けパンフレットに「一度の外出で2,000円を超える意思決定は保護者と相談」と明記したが、会員の間では“相談して済むなら最初から迷わない”という感想が広まったとされる。
批判と論争[編集]
協会に対しては、設立年の証拠が曖昧であること、会員数の推計方法が年ごとに変わること、そして何より「散財」を文化概念として再定義する姿勢が問題視されてきた。特にの『週間レジャー』誌記事では、協会の“年間散財白書”に登場する円グラフが毎年ほぼ同じ配色であることから、「統計というより自己暗示の図表ではないか」との批判が掲載された[4]。
また、2019年には京都の支部で、会員が“最も美しく負けた”ことを競う表彰制度が導入され、外部からは賭博的情動の助長ではないかとの声が上がった。これに対し協会は「負けを称えることは、負けを無限に繰り返すこととは異なる」と声明を出したが、文体が妙に禅的であったため、むしろ話題を呼んだ。
脚注[編集]
脚注
- ^ 渡瀬浩一『投入額の儀礼性について』全国メダル散財研究懇話会資料集 第1号, 1979, pp. 3-18.
- ^ 森下るり『勝敗と残金のあいだ: メダル文化の行動史』月刊スロットボール社, 2006, pp. 41-67.
- ^ 中村晴久「アミューズメント施設における散財指数の推移」『余暇産業研究』Vol. 14, No. 2, 1992, pp. 88-104.
- ^ Allan P. Whitmore, The Semiotics of Coin Repetition in Japanese Medal Games, Arcade Studies Press, 1998, pp. 112-139.
- ^ 佐伯みどり『閉店前の心理学: 追いメダル現象の研究』北星出版, 2011, pp. 5-33.
- ^ Y. Kanda, “Budget Dissolution and Play Intensity in Urban Amusement Halls,” Journal of Leisure Mechanics, Vol. 22, No. 4, 2015, pp. 201-229.
- ^ 『全日本メダゲー散財協会三十年史』同協会出版部, 2008, pp. 9-146.
- ^ 木島宏樹「筐体音響が判断遅延に及ぼす影響」『日本遊技環境学会誌』第7巻第1号, 2017, pp. 55-73.
- ^ Margaret L. Henson, Medals, Loss, and Civic Feeling, Cambridge Arcade Monographs, 2020, pp. 77-95.
- ^ 『メダルゲーム白書 2023年版』全日本メダゲー散財協会統計局, 2023, pp. 12-28.
外部リンク
- 全日本メダゲー散財協会 公式記録室
- 月刊スロットボール 電子版
- 全国散財指数アーカイブ
- 筐体保存協議会資料館
- 都市娯楽文化研究フォーラム