口紅フェチ
| 名称 | 口紅フェチ |
|---|---|
| 英名 | Lipstick Fetish |
| 成立 | 1928年頃とされる |
| 発祥地 | フランス・パリ、のち東京 |
| 関連領域 | 化粧文化、嗜好史、都市民俗学 |
| 主な記録者 | 石渡ナオミ、C. H. Bellinger、松井春彦 |
| 象徴色 | 深紅、朱、ワイン、珊瑚 |
| 代表的資料 | 『口紅標本帳』 |
口紅フェチ(くちべにフェチ、英: Lipstick Fetish)は、の色味、質感、香り、使用所作などに強い執着を示す嗜好の総称である。前半のパリにおける化粧品蒐集文化から派生したとされ、のちに東京都の印刷技術者たちの間で独自の体系が整えられた[1]。
概要[編集]
口紅フェチは、口紅そのものを収集・鑑賞・儀礼化する嗜好であり、単なる化粧品愛好とは区別されるとされている。とくにの微差、塗布直後の艶、キャップを閉じる金属音にまで意味を見いだす点が特徴である。
この嗜好は、末のパリで流行した舞踏会用化粧の観察記録に端を発し、昭和初期の銀座で「口紅の礼法」として再編集されたとされる。なお、警視庁の生活風俗係が1934年に作成したという内部報告書には、口紅の試用会が「軽度の群衆陶酔」を引き起こしたとあり、後年の研究者の間でしばしば引用される[2]。
歴史[編集]
起源と前史[編集]
起源については諸説あるが、最も有力なのはにの化粧品店「Maison Lenoir」で行われた閉店後の試作会である。店主の妻であったエレーヌ・ルノワールが、12種の朱系口紅を白手袋で並べ替えた際、その「整列の快感」を見て常連客のが記録したのが嚆矢とされる。
一方で、日本側の文献ではの舶来化粧品問屋「三栄堂」が先行したという説もある。こちらでは輸入口紅の蓋裏に貼られた配色票が人気を呼び、1931年には配色票だけを綴じた小冊子が2,400部頒布されたとされる。もっとも、この数字は後世の編集者が帳簿を誤読した可能性がある[要出典]。
銀座への移植[編集]
前半、銀座の喫茶店「ル・アカシヤ」に集った編集者、女給、服飾図案家たちの間で、口紅は「見るもの」として再定義された。ここで確立したのが、①軸の太さ、②刻印の位置、③塗布回数、④グラスに残る輪郭の4要素を評価する「四相鑑定法」である。
とりわけ図案家のは、口紅を塗った直後に上下唇を5秒だけ静止させる所作を「最も完成された広告表現」と評し、以後この動作は「松井式静止」と呼ばれた。1937年に同人誌『紅唇月報』が創刊されると、読者投稿欄には各地の百貨店の口紅売場で測定した艶指数の報告が相次いだ。
戦後の再編[編集]
第二次世界大戦後は、物資不足により実物口紅の入手が困難となり、代用としてと顔料を混ぜた「練習棒」が用いられた。これにより、嗜好の中心は実物の所有から、塗布手順の再現と記憶の保存へと移行したとされる。
にはの貸会議室で「第1回口紅標本研究会」が開かれ、参加者19名中7名が自作のキャップ音を録音して持参した。会の議事録には、ある参加者が「赤はひとつではない。赤は使われる都市の数だけある」と発言したと記されており、以後この言葉は界隈の標語となった。
分類[編集]
口紅フェチは、対象となる口紅のどこに反応するかによって細かく分類される。分類法は時代ごとに揺れがあり、東京大学社会美学研究室の整理では、少なくとも7系統が確認されている。
もっとも広く知られるのは、色そのものに執着する「色相型」、容器や刻印に関心を向ける「器物型」、塗布の所作を重視する「動作型」である。ほかに、売場照明下での見え方に特化した「百貨店型」、試供紙の匂いに反応する「紙片型」、使用済み口紅の痕跡を収集する「残痕型」などがある。
文化と社会的影響[編集]
の銀座では、口紅フェチの拡大により、百貨店が週末だけ「朱色専用カウンター」を設けるようになったとされる。これにより、女性向け化粧品売場における照明設計が改訂され、1968年版『都市照明基準補遺』には「唇の輪郭が5メートル先でも識別できること」との条項が追加された。
また、の一部では、口紅の売上よりも「陳列時の完成度」を評価する慣習が生まれ、1969年の社内コンペでは、実際の製品よりも箱の並び方を撮影したスチルが最優秀賞を受けた。これは後のパッケージデザイン研究に影響を与えたとされる。
論争[編集]
口紅フェチは、化粧文化の尊重と嗜好の過剰化の境界をめぐって、たびたび論争の対象となった。とくにの『週刊モード』掲載記事「赤は誰のものか」は、売場での試色を礼賛しすぎているとしてから抗議を受けた。
また、研究者の一部は「口紅フェチ」という語がに入ってから都市伝説的に再構成されたもので、実際には複数の趣味集団を後世にひとまとめにした可能性を指摘している。ただし、京都の個人文庫から発見された『口紅標本帳』第3冊には、個人ごとの唇の線をなぞったトレーシングペーパーが42枚綴じられており、少なくとも何らかの実践共同体は存在したとみる向きが強い。
現代の動向[編集]
に入ると、口紅フェチは上で再活性化し、特に「開封音」「キャップの磁力」「断面の削れ方」を記録する投稿が急増した。2021年にはハッシュタグ運動の一環として、1週間で約18万件の画像が集約されたとされるが、集計方法が不透明であるため学術的には慎重な扱いが求められている。
一方で、若年層の間では「似合う赤」よりも「机の上に置いたときの佇まい」が重視される傾向があり、これを受けて一部ブランドは縦置き専用の底面設計を採用した。なお、大阪府のある専門店では、口紅を買わずにキャップだけを10分眺めて帰る客が月平均23人いるというが、店舗側は「購買意欲の前段階」として黙認している。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 石渡ナオミ『紅と都市空間――口紅標本文化の成立』青灯社, 1987年.
- ^ C. H. Bellinger, "Notes on Lipstick Assemblages in Interwar Paris," Journal of Applied Aesthetics, Vol. 12, No. 3, pp. 41-68, 1932.
- ^ 松井春彦『唇の図案学』美術出版社, 1941年.
- ^ 渡辺精一郎「銀座における朱色消費の変遷」『都市風俗研究』第8巻第2号, pp. 115-139, 1958年.
- ^ Margaret A. Thornton, "The Cabinet Click: Sound Fetishism in Cosmetics Retail," The Cambridge Review of Material Culture, Vol. 5, No. 1, pp. 7-29, 1974.
- ^ 小田切真理子『百貨店照明と顔面認識』中央公論美術出版, 1969年.
- ^ H. R. Malvern, "On the Taxonomy of Lip Rouge Enthusiasm," Proceedings of the Royal Institute of Imaginary Sociology, Vol. 9, pp. 201-244, 1981.
- ^ 『口紅標本帳』第3冊、東京化粧文化資料室編, 1936年.
- ^ 藤村菜摘「SNS時代の口紅記録文化」『メディア嗜好論集』第14巻第4号, pp. 88-102, 2022年.
- ^ Jean-Luc Moreau, "Rouge in Motion: The Ethics of Cosmetic Rituals," Revue Franco-Japonaise de Sociologie, Vol. 18, No. 2, pp. 155-176, 1999.
外部リンク
- 日本口紅文化協会
- 東京化粧風俗アーカイブ
- 紅唇月報デジタル館
- パリ化粧史研究所
- 都市嗜好民俗データベース