哲学萌え人間事件
| 名称 | 哲学萌え人間事件 |
|---|---|
| 正式名称 | 武蔵野市内哲学愛好者連続不明事件 |
| 日付 | 1987年11月14日 |
| 時間 | 深夜帯から未明 |
| 場所 | 東京都武蔵野市吉祥寺北町一帯 |
| 概要 | 哲学研究会の関係者が相次いで行方不明となり、周辺で奇妙なメモと匿名の小冊子が発見された事件 |
| 標的 | 大学生、古書店主、研究会参加者 |
| 手段 | 心理誘導、偽装招待、文書の改ざん |
| 犯人 | 単独犯とされたが未確定 |
| 容疑 | 監禁、業務妨害、死体遺棄の疑い |
| 動機 | 『純粋な思索共同体』の創出を目指したと供述 |
| 死亡/損害 | 死者2名、行方不明者4名、研究会解散 |
哲学萌え人間事件(てつがくもえにんげんじけん)は、(昭和62年)に日本の東京都武蔵野市で発生したである[1]。警察庁による正式名称は「武蔵野市内哲学愛好者連続不明事件」であり、通称では「哲学萌え人間事件」と呼ばれる[2]。
概要[編集]
哲学萌え人間事件は、1980年代後半の東京都において、とを中心に形成された半地下的な読書共同体が崩壊した末に発生したとされる事件である。事件後、武蔵野市周辺では「哲学を語る者ほど姿を消す」という噂が広まり、吉祥寺の古書街では翌月から関連棚が一時的に撤去された[3]。
この事件の特異な点は、単なる失踪や誘拐事件としてではなく、犯人側が「人間を思想化する」ことを目的としていたとされる点にある。警察資料では、被害者たちが残したノートに、、の語が混在していたことから、捜査本部は当初、宗教団体との関連も疑ったという[4]。
背景[編集]
哲学サークル「月曜形而上学会」[編集]
事件の母体とされるは、1984年に近くの喫茶店「木犀」で始まった非公認の読書会である。参加者は週に1回、の講義録を輪読したほか、各自が「最も人間らしい一文」を持ち寄る慣習を持っていた[5]。
後年の調査で、会の会計帳簿に「萌え指数測定用ペン先」「感情の折り返し郵便切手」など不可解な品目が記されていたことが判明した。これが後の「哲学萌え」という語の初出であるとする説が有力であるが、帳簿の一部はで追記されており、信憑性には疑問も残る[要出典]。
発生直前の経緯[編集]
秋、会の中心人物であった(さえき とおる、当時27歳)は、独自に「存在と愛嬌の両立」を論じる小冊子『人間はどこまで可愛くなれるか』を配布し始めた。これに反発した一部の参加者が脱退したのち、残留組は「思索は観察されると純化する」として、深夜の周辺で公開討論を行うようになった。
事件の発生当夜、佐伯は参加者11名に対し、武蔵野市内の空き家で「純粋理性の夜会」を開催すると告知したとされる。招待状にはの引用のほか、手書きで「萌えた者のみ入室可」と記されていたことから、捜査関係者の間で事件名の由来になったとみられている[6]。
捜査[編集]
捜査開始[編集]
最初のは、午前3時17分にへ寄せられたもので、古書店主の妻が「夫が『定義の外へ出る』と言って帰らない」と述べたことが発端であった。署は当初、単なる家出として処理しかけたが、翌朝までに同種の相談が5件相次ぎ、警視庁捜査一課が介入した。
現場とされた空き家からは、37枚、の付着したコーヒーカップ9個、そして「人間は文章である」と書かれた黒板が発見された。なお、黒板の下端にはチョークで小さく「※ただし例外あり」と追記されており、鑑識は犯人の几帳面さに注目したという。
遺留品[編集]
遺留品の中でも特に注目されたのは、のカバーをかけたまま中身を抜いた空箱であった。箱の底からは茶のティーバッグ1袋と、被害者の筆跡とみられる「私たちは概念のふりをしている」というメモが見つかった[7]。
また、近隣のからは、同一筆跡による『萌え人間宣言』が回収された。宣言文には「哲学の終点は、可愛い沈黙である」との一節があり、後年のオカルト雑誌がこの文面を引用して「日本思想史上もっとも不穏なラブレター」と評した。
被害者[編集]
被害者とされたのは、主に前半の学生3名と、神田神保町で古書店を営んでいた夫妻のうち夫1名である。失踪者の中には、事件前日まで東京大学の図書館で『純粋理性批判』に付箋を貼っていた者も含まれていた。
被害者の家族は当初、全員が自発的に共同生活へ移行したと考えていたが、後にいずれも連絡が途絶え、部屋には空のノートと未投函のだけが残されていた。被害者の1人は最後に「人は思想に食べられるのではなく、思想を食べる側に回るのだ」と家人に電話しており、これが犯行の前兆として扱われた[8]。
刑事裁判[編集]
初公判[編集]
佐伯透は1988年におよびの容疑でされ、で初公判を迎えた。被告人は法廷で一貫して「私は犯人ではなく、共同注釈者である」と述べ、裁判長を困惑させた。
検察側は、被告が被害者に対し「哲学萌え」なる表現を用いて心理的支配を行い、閉鎖空間に誘導したと主張した。一方で弁護側は、被告の行動は演劇的な共同制作にすぎず、実際のやの立証は不十分であると反論した。
第一審[編集]
第一審判決はであったが、判決理由中で裁判長は「被告の思想的誤謬は大きいが、犯行の全貌にはなお不明点が残る」と述べた。なお、証拠として提出された小冊子の一部は製本不良でページ順が前後しており、評議では『そもそも時系列が本当に存在するのか』という議論が2時間続いたという。
判決後、佐伯は控訴したが、はこれを棄却した。最終弁論では、検察側が「被告は思想を餌に被害者を隔離した」とし、弁護側は「被告はむしろ哲学に食われた側である」と応酬し、傍聴席で失笑が起きたと記録されている。
影響・事件後[編集]
事件後、武蔵野市の書店業界では、哲学書コーナーの閉店時刻が1時間繰り上げられたほか、夜間の読書会には参加者名簿の提出が求められるようになった。とくに吉祥寺の喫茶店では「深夜の形而上学メニュー」として、黒いコーヒーと二つ折りのレシートを組み合わせた限定セットが発売され、翌年には2,400セットを売り上げたという[9]。
また、に入ると、この事件は都市伝説化し、NHKの生活情報番組で「学問サークルに潜む過剰同調の危険」として短く紹介された。事件をきっかけに、都内の大学では「萌え」を含む語の用法が一時的に自粛されたが、逆に側では「哲学萌え」が“知的で不穏な愛着”を指す隠語として拡散した。
評価[編集]
研究者の間では、本事件を昭和末期の都市型共同体崩壊の象徴とみる説がある一方、被告人の自意識過剰なパフォーマンスが事件像を肥大化させたとする見方もある。早稲田大学の社会学者・は「この事件は犯罪であると同時に、失敗した思想運動でもあった」と述べている[10]。
ただし、佐伯が本当に単独で一連の失踪を実行できたのかについては、いまなお異論が多い。特に現場から回収されたのインクが3種類混在していたこと、及び電話帳の書き込みが昭和62年12月以降のものと一致しないことから、複数犯説を支持する元捜査員も存在する。
関連事件・類似事件[編集]
類似事件としては、神奈川県で起きたとされる『鎌倉沈黙会事件』、大阪府の『難波概念連続置換事件』、および京都市の『哲学下宿失踪騒動』がしばしば挙げられる。いずれも、読書会・ゼミ・私塾のいずれかが短期間で異様な閉鎖性を帯びた点が共通している。
なお、警察庁の内部資料では、これらを総称して「思想過密型不明事件群」と分類する案があったが、分類名が長すぎるとして採用されなかった。後年の雑誌記事では、むしろ「人文学系の連続空振り事件」と呼ぶ方が実態に近いとも評された。
関連作品[編集]
書籍[編集]
事件を題材にしたノンフィクション風作品として、『萌えの深層と夜の読書会』(、1994年)が知られる。内容の大半は取材メモの再構成であるが、巻末付録の「未確認の名言集」が独立して読まれることも多い。
また、『哲学はなぜ現場へ行ったか』(、1998年)は、本事件をの観点から分析したものとされるが、実際には被害者宅の間取り図の方が詳しいことで有名である。
映画・テレビ番組[編集]
公開の映画『夜の概念犯罪』は、本事件を緩く下敷きにしたサスペンス作品で、劇中では犯人がの図書館で哲学書を並べ替える場面が長く続く。観客アンケートでは「怖い」という感想より「妙にお腹がすく」が多かった。
テレビ番組では、系の検証特番『都市伝説ファイル・哲学萌え人間事件の真相』が2011年に放送され、再現VTRで使われた帽子のつばが実際の証拠品より大きすぎるとして、視聴者から細部への突っ込みが相次いだ。
脚注[編集]
脚注
- ^ 宮脇真理子『昭和末期における思想型失踪の研究』早稲田社会学研究第12巻第3号, 1991, pp. 44-68.
- ^ 佐々木健一『武蔵野市内哲学愛好者連続不明事件の再検討』警察政策ジャーナル Vol. 8, 1992, pp. 101-129.
- ^ Anderson, Philip T. "Moe and Metaphysics in Late Shōwa Tokyo" Journal of Urban Folklore Vol. 17 No. 2, 1995, pp. 203-221.
- ^ 河原百合子『哲学はなぜ現場へ行ったか』岩波書店, 1998.
- ^ 安藤圭吾『萌えの深層と夜の読書会』新潮社, 1994.
- ^ 田辺修『読書会の犯罪社会学』ミネルヴァ書房, 2001.
- ^ Matsuda, Eri. "Closed Seminars and Disappearing Subjects" Kyoto Review of Contemporary Society Vol. 4, 2007, pp. 55-79.
- ^ 高橋一郎『都市伝説化する刑事事件』中央公論新社, 2010.
- ^ Brown, Helen J. "The Philosophy of Vanishing: A Case Study" East Asian Crime Studies Vol. 9 No. 1, 2013, pp. 11-38.
- ^ 『哲学萌え人間事件 捜査記録抄』警視庁資料整理室, 1989.
- ^ 「萌え指数測定用ペン先の由来について」『東京都古書文化年報』第6巻第1号, 1990, pp. 7-19.
外部リンク
- 武蔵野事件資料アーカイブ
- 昭和末期都市伝説研究会
- 架空警察史データベース
- 吉祥寺古書文化センター
- 人文学的犯罪事件索引