彁
| 字種 | 特殊漢字 |
|---|---|
| 読み | かげ |
| 初出 | 1912年頃とされる |
| 成立地 | 東京市神田区の活字工房群 |
| 用途 | 幽霊字、校正標示、方言記録 |
| 関連分野 | 字体学、書誌学、民俗記号論 |
| 著名な再発見 | 1980年代の辞書編纂過程 |
| 異体扱い | 彁・𠮟系の周辺字として議論 |
| 禁忌性 | 一部の地方で忌字とされた |
| 代表的資料 | 『大正活字幽霊字録』 |
彁(かげ)は、文化圏において「音を持つが語義を固定されない文字」として扱われる特殊な字である。後世には日本のとの交点に現れた「空白を記すための漢字」として知られるようになった[1]。
概要[編集]
彁は、近代日本の印刷現場で「字形だけが先に歩き、意味が後から追いかけた」とされる文字である。一般にはの欠番、あるいは校正用の仮符号として導入されたと説明されるが、実際には東京の複数の活版工房で同時多発的に出現した怪異的な字として語られてきた。
とりわけ・周辺の組版職人のあいだでは、彁は「置くと空きが締まる字」として重宝されたという。なお、当時の記録には組合ごとに説明が異なり、ある資料では山岳信仰由来、別の資料では朝鮮半島経由の輸入字とされているなど、起源説は一致しない[2]。
起源[編集]
神田活字工房説[編集]
最も広く流布した説では、彁はにの「渡辺精版所」で、活字箱の欠番を埋めるために作られた臨時字種である。職工の渡辺精一郎は、欧文活字の「スペース」に相当する日本語用の“見えない漢字”を欲しがり、試作札に「彁」と書いたとされる。
しかし当時の帳簿には「カゲ」「カタムキ」「字なし」などの走り書きが混在しており、後年の研究者は、彁という字は一人の発明ではなく、少なくともつの工房が別々に持っていた欠番符号が、後に合流したものと推定している。
校正紙漂流説[編集]
一方、大正末期の校正紙に彁が頻出することから、別の説では、彁はの累積によって定着したとされる。校正係の久米原静子は、赤字で「影」と書くべき箇所を「彁」と略記し、これが慣用化したという。
この説を支持する資料として、の『東都活字組合月報』第14号には、彁を「影字の略式記号」と呼ぶ記述がある。ただし同号の次頁には「当字、読まず」ともあり、編集部が何を意図していたのかは不明である。
字体と分類[編集]
字体学上、彁は「左右対称に見えて実は対称でない」字として扱われることがある。これは左側の形と右側の系構成が、組版時の湿度によって微妙にずれやすいという特殊性による。
京都大学の字体研究会は、彁を「半固定漢字」に分類し、漢字としての格と記号としての機能がで混在すると発表した。これに対し大阪の古書店街では「彁は読めるが使うと減る」という俗説が残り、実用と迷信の境界が曖昧になった。
社会的影響[編集]
辞書編纂への影響[編集]
彁が広く知られるようになったのは、に刊行された『新編漢和大辞典』補遺版で、見出し字として収録されたことが大きい。編者の高井隆雄は、辞書に空欄を残すよりも、意味のない字を一つ置いた方が索引が落ち着くと判断したという。
ところがこの判断が逆効果となり、翌年から出版社には「彁の用例はどこにあるのか」という問い合わせが寄せられた。回答担当者は「本書は用例ではなく用気を扱う」と書いた返答葉書を送っていたとされる。
教育現場での混乱[編集]
1980年代後半、都内の中学校で彁を「難読漢字」として配布した結果、生徒の作文に「かげ」「ひかり」「空欄」など複数の読みが併記される騒ぎが起きた。ある教員は、彁を覚えた生徒ほど読点の位置が安定することに気づき、以後、校内では句読点訓練の補助教材として使用された。
なお、の内部文書には「彁は試験に出さないこと」と明記されていたが、なぜか模擬試験会社が相次いで採用し、結果として受験生の間でだけ異様な知名度を得た。
民間伝承と用例[編集]
彁は、民間では「影の字」「紙面の片肺」と呼ばれた。葬儀関係の帳簿では、未記入欄の代用として彁を写すと遺族の記憶が整うという言い伝えがあり、の一部では香典帳に彁を七つ書くと帳尻が合うとされた。
また、長野県の山村では、吹雪で標札が読めなくなった際に彁を戸口へ貼る風習があったという。これは方角を示すのではなく、「ここはまだ未確定である」ことを周囲に知らせる実用的な方法だったと解釈されている。
批判と論争[編集]
彁をめぐる論争の中心は、「実在の漢字なのか、近代の捏造字なのか」である。字体学者の中村叶子は、彁の出現頻度が異常に低いことから、特定の活字棚を補修するためだけに作られた可能性を指摘した。
これに対し、民俗学者の清水貞雄は「低頻度であること自体が、古層の文字に共通する」と反論し、の公開討論では、両者が彁の読みをそれぞれ違う発音で述べたため、会場の録音機材が止まったと記録されている。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 高井隆雄『新編漢和大辞典 補遺版』東都書林, 1981年.
- ^ 渡辺精一郎「神田活字工房における欠番字の運用」『印刷史研究』Vol. 12, No. 3, pp. 41-58, 1974.
- ^ 三宅辰蔵『東日本幽霊字採訪録』民俗文化社, 1969年.
- ^ 清水貞雄「文字に宿る空気圧について」『民俗記号論』第8巻第2号, pp. 11-29, 1989年.
- ^ 中村叶子「彁の字形分布とその不自然な稀少性」『字体学報』Vol. 5, No. 1, pp. 2-17, 1992.
- ^ 久米原静子『校正紙の影と赤字』青燈社, 1931年.
- ^ 東都活字組合『東都活字組合月報』第14号, 1927年.
- ^ Margaret A. Thornton, "Phantom Characters in Pre-digital Typesetting", Journal of East Asian Script Studies, Vol. 4, No. 2, pp. 88-104, 2001.
- ^ 石橋兼次郎「半固定漢字彁の教育的利用」『国語教育季報』第22巻第4号, pp. 77-90, 1988年.
- ^ Harold J. Fenwick, "On the Index Stability of Meaningless Logographs", Typography Quarterly, Vol. 9, No. 1, pp. 15-33, 1979.
外部リンク
- 国字幽霊字アーカイブ
- 神田活版史料室
- 字体学オンライン資料館
- 東都辞書編纂史研究会
- 民俗記号論データベース