犬を飼っていたのは嘘
| 作品名 | 犬を飼っていたのは嘘 |
|---|---|
| 原題 | The Lie That Kept a Dog |
| 画像 | 犬を飼っていたのは嘘(劇場用ポスター) |
| 画像サイズ | 220px |
| 画像解説 | 主人公の手帳と、吠えない犬のシルエットが描かれた告知ポスターである。 |
| 監督 | 宮下ユウジ |
| 脚本 | 宮下ユウジ |
| 原作 | 宮下ユウジ(架空原作) |
| 製作 | 飛行灯スタジオ |
| 配給 | 北都映画配給 |
『犬を飼っていたのは嘘』(いぬをかっていたのはうそ)は、に公開された制作の日本のである。原作・脚本・監督は、興行収入は31億7400万円円で[1]、にて最優秀作を受賞した[2]。
概要[編集]
『犬を飼っていたのは嘘』は、失踪届と家計簿の矛盾から始まる“嘘の飼育”を主題として、観客に「記憶の監査」を迫る娯楽映画として位置づけられている。監督の宮下ユウジは、家庭内で起こる些細な違和感を、警察行政手続きの言葉遣いでアニメーション化することにより、子ども向けの体裁を保ちながら大人の後味を残す作風として知られている。
制作はで行われ、配給はが担当した。作中の鍵となる小道具「吠えない首輪」は、実在の犬用品ではなく、当時の広告代理店が試作した“嘘の匂い”を想起させる樹脂試料をもとに造形されたとされている。なお興行面では、地方回りの宣伝が功を奏し、公開初週だけで名古屋市の中心劇場で入場券が約2.8万枚消化されたとする記録が残る[3]。
あらすじ[編集]
主人公の少年・俊介は、父から「犬を飼っていたのは嘘だ」と告げられ、理由を聞こうとする。しかし家には、確かに犬用の食器があり、新聞の折り込みには“無事に返還された”という見出しがある。俊介は、祖母の台所から出てくる古い家計簿に「骨型乾燥肉 7.3日分」といった奇妙な単位が書かれていることに気づく。
俊介が手帳を開くと、吠えるはずの時間だけ余白が続き、代わりに行政書類の控えが挟まれていることが判明する。書類には横浜市の“記録整合課”の判子が押されており、そこには「飼育の証明は不要、ただし沈黙の立証を要する」との一文があるとされる。俊介は“沈黙の立証”という言葉に導かれ、犬ではなく「嘘そのもの」を追う旅に出る。
旅の終盤、俊介は父の机の引き出しから、犬の毛ではなく紙片を束ねた巣を見つける。紙片は帳簿の欄外に書かれた同じ文言で埋め尽くされており、父はかつて、争いを避けるために「犬がいる」と嘘を飼うことで家族を守ろうとしたのだと明かされる。このとき俊介は初めて、「嘘は破るためではなく、飼い慣らすためにある」という結論に至り、観客にも“飼い慣らしの倫理”が残される。
登場人物(主要人物/その他)[編集]
主要人物[編集]
俊介:記憶の矛盾に敏感な少年であり、沈黙する犬の“存在感”を手帳の余白で読み解こうとする人物である。劇中では、沈黙の時間帯を厳密に測り、秒針の進みを「1分=60回の約束」と表現する癖があるとされる。
父:家族の安全のために、過去の出来事を改変した人物である。「犬を飼っていたのは嘘」という台詞を、まるで家訓のように残す。父は普段、行政書類の封筒を“犬の足跡”として扱う癖があり、そのため俊介の調査が加速する。
祖母:台所の奥に古い領収書を保管しており、嘘の材料が“生活の言い訳”として蓄積される過程を象徴する存在である。骨型乾燥肉の行を見つける場面では、耳慣れない単位「7.3日分」を“季節の割り算”として説明する。
その他[編集]
記録整合課の書記官:横浜市の係として登場し、沈黙を立証するための手続き用紙を配る。彼は人ではなく判子の影を振るうような演出で描かれ、視聴者に“行政の感情”を想像させる。
薬味屋の老婆:物語中盤で、首輪に使う小袋(作中では「嘘の匂い袋」と呼ばれる)を渡す。実在の香料店をモデルにしていると制作陣が語ったが、社名は伏せられている[4]。
声の出演またはキャスト[編集]
俊介の声はが担当した。小野は当時まだ無名でありながら、余白の演技(喋らない間の間合い)で評価されたとされ、録音ディレクターは“吠えない犬の音域”を探すように指示したという[5]。
父役は、祖母役はが務めた。書記官役にはが起用され、判子を押す際の効果音を声で再現した“謎の特技”が伝説化している。
その他、薬味屋の老婆には、近所の子ども役にはが配され、合唱のような端役集団が“沈黙の波”として物語の緊張を持続させた。
スタッフ(映像制作/製作委員会)[編集]
映像制作[編集]
映像監修はが担当した。田端はセル画の境界線をわざと少しだけズラし、観客の視線が迷うように設計したことで知られる。特に、吠えない犬のシルエットが現れる場面では、輪郭のブレ幅を「0.7mm以内」とする社内目標が掲げられたとされる[6]。
製作委員会[編集]
製作委員会には、、、が名を連ねた。委員会の役割は資金だけでなく、作中に登場する“秒針の比喩”の根拠となった計測技術の監修にも及んだとされる。
なお、この映画の“記録整合課”という架空機関は、当時の自治体で検討されていた書類様式の整理企画に着想を得たと説明されている。もっとも、モデルとされる実在の部署の正式名称は資料上で曖昧にされており、解釈の余地が残されている[7]。
製作(企画/制作過程/美術/CG・彩色・撮影/音楽/主題歌/着想の源)[編集]
企画は宮下ユウジが、幼少期に見た「行方不明の犬」の噂が、数年後に全く別の家の事情として語り直されていた経験から生まれたとされる。ただし宮下は、本人の口から“犬が実際にいたかどうか”は語らなかったため、作中の核(犬=証明されないもの)が増幅される構造になった。
美術では、家計簿の紙質が重要視され、繊維の方向を変えることで「めくるたびに嘘が増える」表現が狙われた。色彩は、書類の朱色をわずかに茶色へ寄せる“監査色”と呼ばれる調整が行われたとされる。
音楽はが担当し、主題歌「余白は吠えない(よほりはほえない)」はでの公開録音により収録された。録音当日の気温は12.4℃で、音響チームはそれを“誤差が愛される領域”として記録している[8]。主題歌の歌詞のうち「一分は六十の約束」は、時計の秒針に関する協同組合の文献から引用したとされるが、どの文献かは当時の議事録から削除されている。
興行(宣伝/封切り/再上映/テレビ放送・ホームメディア/海外での公開)[編集]
公開はで、封切り館は東京府のとされる。宣伝では、観客に配布された小冊子「嘘の飼育手帳」に、応募すると“犬のしっぽ”型のスタンプが当たる企画が仕込まれていた。スタンプの当選数は、全国合計で1万243個とされ、端数まで出されたことが話題になった[9]。
再上映は戦後のに“記録再編集版”として行われ、朱色のトーンが調整された。テレビ放送ではの特集枠で放映され、視聴率は当時の地方局統計では18.3%と記録されている[10]。ホームメディア化は時代の中盤に進み、解像度の都合で書類の細字が読めない問題が起きた。これに対しファンが「細字は読まない方が怖い」と主張し、結果として“DVD色調問題”ならぬ“紙恐怖問題”として語られるようになった。
海外では、フランスの短期上映会で字幕が「dog」ではなく「lie」を優先する方針にされたとされる。翻訳の方針が異なることで、物語の主題が微妙に揺れ、批評家の間で議論が再燃した。
反響(批評/受賞・ノミネート/賞歴・ノミネート歴/売上記録)[編集]
批評では、作品の“沈黙の監査”という語法が評価される一方、嘘を肯定的に扱った点が議論を呼んだ。児童向け上映で泣き出す子どもが増えたとして、劇場スタッフが「泣くと嘘が薄まる」と冗談を言ったという逸話が残る[11]。
受賞歴としては、公開翌年の最優秀作、さらに昭和期の映像倫理研究会が設けた“映像における沈黙賞”を受けたとされる。もっとも、沈黙賞の選考経緯は資料が断片的であり、どの審査員がどの条項に根拠を求めたのかは明らかでない。
売上記録としては、興行収入31億7400万円に加え、配給収入が18億2200万円だったという内訳が後年の会計資料で示されている。ただし会計資料自体の保管年限が短く、現存するのは写しのみであるとされる。
テレビ放送[編集]
テレビ放送は、上記の以外にも、に“家庭内記録の再読み”というタイトルで再編成された。再編成版では、俊介が書類を読む場面のテンポがわずかに落とされ、視聴者の読解負荷を減らしたとされる。
また、の全国ネット特番では、主題歌の歌詞が一部差し替えられた。歌詞差し替えの理由は“秒針の約束”の表現が当時の教育方針に合わないと判断されたためとされるが、公式発表は「編集上の都合」に留まっている[12]。
関連商品(作品本編に関するもの/派生作品)[編集]
関連商品としては、作中に登場する架空の家計簿を模した“薄紙ノート”がから発売された。ノートの表紙には、吠えない犬の刻印が押され、購入者向けに「書いた嘘は消せる」とする注意書きが付いていたとされる。
また、主題歌のシングル盤、絵本「余白は吠えない」および、舞台化に向けた企画書だけが残る“沈黙の劇団”版が存在したと報告されている。なお、絵本はアニメ版の“朱色監査色”を再現するため、印刷の色校正が30回以上行われたとされるが、その回数は作家の回想であり、客観記録との突合は十分ではない。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 宮下ユウジ「『犬を飼っていたのは嘘』制作メモ」、飛行灯スタジオ編『飛行灯スタジオ資料集(第3巻)』飛行灯出版, 1940年, pp. 12-39.
- ^ 遠峰リョウ「主題歌における“沈黙のテンポ”」、遠峰音楽研究会『音響と余白の調律』Vol. 7, 1957年, pp. 101-118.
- ^ 北都映画配給編『1939年劇場興行年鑑』北都出版, 1940年, pp. 233-241.
- ^ 田端キョウスケ「線のズレが生む信頼の喪失」、映像美術論叢『監査色とセル画』第2巻第4号, 1941年, pp. 55-73.
- ^ 小野サエ「“吠えない犬”の声の作り方」、声優技芸研究会『間合いの声学』第1巻第1号, 1960年, pp. 9-22.
- ^ 柳川トモミ「父役の書類演技」、日本演技史学会『記号としての沈黙』Vol. 12, 1968年, pp. 77-94.
- ^ 榊レン「嘘を飼う心理の児童受容」、児童映像研究『家庭内物語の倫理』第5巻第2号, 1971年, pp. 201-229.
- ^ Leclerc, Madeleine. “Silence as Evidence in Japanese Animation (1939–1956).” *Revue d’Études Cinématographiques*, Vol. 14, No. 3, 1962, pp. 44-61.
- ^ Kawamura, Seiichiro. “Paper Animals and Administrative Desire.” *Journal of Comparative Animation Studies*, Vol. 2, No. 1, 1979, pp. 1-19.
- ^ 山田ノリオ「犬を飼っていたのは嘘の翻訳史」、横浜翻訳史叢書『嘘の言語学』第9巻第1号, 1985年, pp. 310-336.
外部リンク
- 飛行灯スタジオ公式アーカイブ
- 北都映画配給・歴史資料室
- 余白は吠えないファンジン索引
- 尾州児童芸術祭データベース
- 監査色ライブラリ