AK47のためのソナタ
| ジャンル | 協奏的室内楽、軍需音響芸術 |
|---|---|
| 成立 | 1968年頃とされる |
| 起源 | プラハの私設作曲研究会 |
| 主要楽器 | AK-47、弦楽四重奏、バスドラム |
| 演奏時間 | 標準版で約18分から26分 |
| 代表的作曲者 | ヨゼフ・ハラート、森下久子、E. Thornton |
| 楽譜記法 | 火器記号譜 |
| 関連機関 | 中欧現代音響協会 |
『AK47のためのソナタ』(英: Sonata for AK-47)は、後半に成立したとされるの一形式で、を独奏楽器として用いる点に特色がある。一般にはの前衛音楽から派生した作品群として知られている[1]。
概要[編集]
『AK47のためのソナタ』は、を単なる効果音ではなく、調性を持つ演奏器具として扱う作曲法、およびその作曲群を指す語である。主に末から初頭にかけて、、ウィーン、東京の地下音楽シーンで同時多発的に成立したとされる。
作品は通常、弦楽器群が反復リズムを提示し、独奏者が空包・閉鎖音・給弾音を用いて主題を変奏する構造を取る。なお、初期の上演記録では、観客の半数以上が「銃声の入る新しい」として入場したが、終演後には《拍手より先に軍警察が来た》と回想されることが多い[2]。
成立の経緯[編集]
通説では、の後、検閲を避けた作曲家たちが「言葉を使わずに政治的緊張を表現できる形式」を模索したことが起源とされる。とくに、近くの地下出版社に出入りしていたが、清掃用倉庫にあった訓練用AK-47の分解音に着想を得たという話が有名である。
一方で、の非公開資料では、同形式はもともと《演奏会での秩序維持実験》として始まったとされ、着席誘導のために銃の作動音を使ったところ、あまりに音列が整っていたため作品化されたとも言われる。こちらは出典がやや曖昧で、研究者のあいだでも「軍事的偶然の美学」として扱われている[3]。
作品の特徴[編集]
楽器編成[編集]
標準編成は1挺、2、1、チェロ1、1、1である。火器は実射ではなく、薬室を空にした状態で演奏されるのが原則で、演奏会場によっては木製の模造銃が用いられる。なお、1974年版の《第2ソナタ》では、発射音を模したの打撃が禁止され、代わりに譜面台を落とす方法が採用された。
この制約により、作品は逆説的に非常に繊細なダイナミクスを獲得したとされる。特に、給弾レバーの操作音がと同程度の高周波を持つことから、《金属の息遣い》と称された。
記譜法[編集]
『AK47のためのソナタ』では、通常の五線譜のほかに《火器記号譜》と呼ばれる独自の記譜法が使われる。これは縦軸に音程、横軸に射角ではなく《作動圧》をとるもので、圏の編集者が誤って《射撃表》と訳したため、しばしば誤解を生んだ。
譜面には「装填を示す斜線」「安全装置解除を示す黒丸」「銃床を床に当てることを示す逆三角形」などが並ぶが、1969年版の初刷では逆三角形がすべて《休符》と誤植され、結果として無音の8小節が増えた。この誤植版がむしろ最も演奏しやすいとして、の現代音楽祭で再版された経緯がある。
主要な初演[編集]
最初の公開上演は3月14日、の労働者文化会館地下ホールで行われたとされる。入場者は82人で、うち27人が《打楽器の試演》と聞いて来場し、9人が会場を間違えていたという。終盤の全員同時再装填の場面で照明が落ち、観客が退場ではなく床に伏せたため、上演は一時中断した。
それでも批評家のは《この作品は銃器を使っているのではない。銃器が作品を使っている》と評し、この一文が後年の理論書に何度も引用された[4]。
発展[編集]
1970年代半ばになると、この形式は日本にも伝わり、の周辺で《無音派》の作曲家たちによって再解釈された。彼らは実銃の代わりに給弾機構だけを残した改造筐体を用い、発砲音をやで置換したため、原型よりもむしろ上品だと評された。
また、ニューヨークではジョン・ケージの影響下にあるグループが、AK-47を《演奏する代わりに眺める》作品を発表し、沈黙の長さで著名になった。これに対し、の音楽院は「銃声を伴わないAK-47作品は概念上の詐術である」と反論している。
1980年代に入ると、冷戦下の文化交流事業により、のレーベルが《AK47のためのソナタ全集》を刊行した。第7巻だけで印刷費が異常に高かったのは、表紙の銃身の銀箔押しが原因とされるが、実際には誤っての版下を流用したためとも言われている。
社会的影響[編集]
この作品群は、における暴力表象の議論を加速させただけでなく、警備業界にも影響を与えた。1983年にはパリのコンサートホールで《AKの再現音が危険物警報と紛らわしい》として演奏前に金属探知の手順が改訂され、以後、火器を扱う音楽会では警察庁ではなく会場独自の《音響安全係》が置かれるようになった。
さらに、教育現場では《機械音の持つ拍節性》を学ぶ教材として用いられ、の一部音楽学校では、分解清掃の手順をそのままの分析に転用する授業が行われたという。もっとも、これは生徒の理解が早かったために広まったのであって、教育効果の因果関係は十分に検証されていない[要出典]。
一方で、反対派は「音楽の外見を借りた軍事美化である」と批判し、1988年のベルリンの討論会では、聴衆が作品名を大声で読むだけで会場が緊張した。これを受けて、以後の公演ではタイトルをフルでアナウンスせず、《A-47》と略称する慣行が生まれた。
批判と論争[編集]
本作をめぐる最大の論争は、これが《反戦芸術》なのか《武器礼賛》なのかという点にある。支持者は、銃器の機械音を精密に聴取すること自体が暴力の制度化を可視化すると主張するが、批判者は、そもそも観客が作品名を面白がっている時点で倫理的距離が崩れていると指摘している。
また、1991年にロンドンで公開された《AK47のためのソナタ:改訂版》では、演奏中に実際の弾丸の代わりとして鋼球が用いられ、床に落ちた鋼球が客席を転がったことで、批評欄が《音楽会というより避難訓練》で埋まった。主催側は安全管理上の演出だと説明したが、記録映像では演奏者自身が最初の1分で笑いをこらえきれていない。
なお、は1994年に本作を《高リスク・低実用》区分に分類したが、同時に《音楽史上もっとも注意深く扱われるソナタ》としても登録している。分類表にこうした矛盾が残っているのは、委員会の事務局が当時まだタイプライターで管理されていたためである。
脚注[編集]
脚注
- ^ Y. Harat, “Toward a Mechanized Sonata,” Journal of Central European Sound Studies, Vol. 12, No. 3, 1971, pp. 44-67.
- ^ 森下久子「火器記号譜の成立と変形」『音楽文化研究』第8巻第2号, 1975年, pp. 101-129.
- ^ Margaret A. Thornton, “Silence, Recoil, and Form,” The New Acoustics Quarterly, Vol. 4, No. 1, 1978, pp. 9-31.
- ^ ヨゼフ・ハラート『地下ホールのための作曲法』中欧音楽出版, 1972年.
- ^ Marek Novak, “The Instrument Plays the Score,” Brno Review of Performance, Vol. 7, No. 4, 1970, pp. 3-8.
- ^ 佐伯澄子「AK-47作品の受容史」『東京前衛音楽年報』第15号, 1984年, pp. 55-72.
- ^ E. Thornton, “The Sonata and the Magazine,” Proceedings of the International Society for Tactical Music, Vol. 2, No. 2, 1989, pp. 211-238.
- ^ 『AK47のためのソナタ全集 第7巻』ハンブルク音響資料社, 1982年.
- ^ カール・ヴァイス『現代音楽と危険物管理』南ドイツ学術叢書, 1995年.
- ^ 森下久子『A-47と呼ばれた夜』月曜社, 2001年.
- ^ A. Belinsky, “Errata in the First Firearm Notation Edition,” Bulletin of the Salzburg Archive of Misprints, Vol. 1, No. 1, 1990, pp. 1-19.
外部リンク
- 中欧現代音響協会アーカイブ
- ブルノ地下公演記録データベース
- 火器記号譜デジタル写本館
- 国際楽器安全委員会 公開分類票
- 東京無音派研究所