Michinchin
| 分類 | 即興言語ゲーム/口承芸 |
|---|---|
| 起源とされる地域 | 宮城県内陸部(架空の民俗行事『塵輪講』周辺) |
| 流行期 | 後半〜初頭 |
| 主な形式 | コール&レスポンス+手拍子の同期 |
| 使用素材 | 造語・地域方言・擬音 |
| 社会的影響 | 地域コミュニティの再編、動画文化との結合 |
| 運営主体 | 文化サークル『みちんちん連盟』(架空) |
Michinchin(みちんちん)は、日本で一時期流行したとされる「即興言語ゲーム」を指す俗称である。音のリズムと身振りを組み合わせ、観客参加型で進行する文化として、東北地方から全国に波及したとされる[1]。
概要[編集]
Michinchinは、決められた台本を持たず、参加者がその場で擬音と短い語尾だけを交換し合う即興言語ゲームとして説明されることが多い。形式上は「一拍ごとに“ミ・チ・ン・チ・ン”のいずれかを置く」ルールが知られており、観客がリズムを崩さない限り場が進むとされる。
もっとも、歴史の語り方によってルールは微妙に異なるとされる。たとえば、ある流派では手拍子の回数を「1ラウンド当たり正確に17回」と定める一方、別の流派では拍手を禁止し、代わりに「つま先で床を3回鳴らす」ことが参加の条件になったとされる[2]。この差異が、のちの派閥化とミーム化を促したと考えられている。
歴史[編集]
発祥(“塵輪講”から“音便局”へ)[編集]
起源については、宮城県の内陸で行われていたとされる民俗行事『塵輪講(じんりんこう)』に求める説がある。『塵輪講』は、家の軒下に積もった古紙を集め、年に一度だけ「風の通り道」を作る儀礼だったとされるが、そこで子どもたちが紙を数える代わりに意味のない音節を並べ始めた、というのがMichinchinの原型だと語られている[3]。
一方で、より官製寄りの物語として「音便局(おんびんきょく)」が語られることもある。これは、架空の郵便局職員である渡辺精一郎が、配達の遅延を“謝罪の音”で緩和するために、通達文の末尾に統一擬音を付ける試案を出した、という筋書きで知られている。通達案は採用されなかったものの、局内の昼休みに「未投函の謝罪音」を口ずさむ習慣だけが残り、それがのちの即興化につながったと説明される[4]。
なお、この起源説には矛盾も多い。『塵輪講』の時代設定を大正期まで遡る主張がある一方で、音便局の稼働年を昭和33年とする資料も出回ったため、研究者間では「地域の記憶が、役所の書式の形式を借りて上書きされた」との指摘がある[5](もっとも、当該資料の所在は明確でないとされる)。
流行(“17拍”の標準化と動画文化)[編集]
Michinchinが大きく広がったのは、2008年に開催された「路地裏合唱会(ろじうらがっしょうかい)」で、参加者が乱れたリズムを即時に揃える“修復儀礼”として用いたのがきっかけだったとされる。そこで採用されたとされる「17拍+言い終わりの間(ま)を2.4秒で揃える」という細かな条件が、後年のテンプレ動画に組み込まれたと語られる[6]。
さらに、東北地方の文化サークル『みちんちん連盟』が、会員向けの冊子『拍取図(はくとりず)』を配布したとされる。冊子では、音節の選択は自由だが、終わりだけは「ン」で統一し、視線は相手の眉間から逸らさない、といった身体動作まで規定された。とりわけ「顔の角度は左右どちらかに5度以内」「声量は笑い声の手前(DEC換算で-12dB)」などの数値が誇張込みで記され、結果として学術風の面白さが浸透したとされる[7]。
2011年には、動画共有サイトで『Michinchin 17拍チャレンジ』が派生し、地方の路上から全国の体育館・イベント会場まで同じリズムが持ち込まれた。これにより、地域の言葉の違いが“音の差”として可視化され、方言の学習教材のように扱われることもあったとされる。一方で、過剰な規格化が「即興」の性格を削ぐのではないか、という批判も同時に生まれた。
衰退と再解釈(“失われた口上”問題)[編集]
2014年ごろからは、派手な動画だけが先行し、現場の会話が痩せていったという評価が現れた。『拍取図』に依存した模倣が増え、音節の意味よりも“正解”探しが優先されるようになったとされる。これを巡り、言語学者のは「音便局的な制度の誘惑」が即興性を封じたと論じたとされる[8]。
その後、老舗の参加者が「失われた口上(くちじょう)」を復元する動きを始めたとされる。具体的には、最初の一言だけ意味のある短文(例:「今年の雨は何色?」)を置き、そこからMichinchinへ“滑り落ちる”形式が提案された。これにより、観客の理解が一度生まれてから即興へ戻る構成になり、再び参加型としての魅力が戻ったと評価された。
なお、再解釈の過程で「Michinchinは言語ゲームではなく、合図付きのコミュニケーション技術である」という説も出回った。ある投稿では「駅のホームで人を避けるための合図で、終端の“ン”は危険回避を意味する」と述べられ、東京都の一部でも“都市伝説”として広まった。もっとも、この説は裏取りが困難であり、研究会では「民間の物語が制度の言葉を借りて成立した可能性」が指摘されるにとどまっている[9]。
批判と論争[編集]
Michinchinをめぐっては、いくつかの論点が繰り返し現れた。第一に、ルールの標準化が「即興の偶然性」を奪うのではないか、という批判である。とくに「17拍」や「2.4秒」という時間指定が、身体の個性を均し、結果として参加者同士の“ズレ”を笑いにできなくなると指摘された[10]。
第二に、動画文化との結びつきによる文脈喪失が問題視された。現場では、誰が最初に口上を置いたか、なぜその人がテンポを崩したか、という人間関係の情報がゲームを支えていたとされるが、切り抜き動画ではその要素が欠落し、ただの音階運動として消費されたという評価がある。
第三に、音便局起源説の扱いで論争が生じた。支持者は「行政文書が生んだ“礼の音”」としてMichinchinの格を上げようとしたが、反対者は「役所の権威を借りた後付けだ」として不快感を示したとされる。なお、両者の論拠としてしばしば引用された資料は、いずれも“それっぽい体裁”をしていたため、編集者によって解釈が変わるという不均一さがあったことが指摘されている[11]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 高橋美鶴「『Michinchin』と即興の身体—17拍規格の受容史」『言語遊戯学研究』第12巻第3号, 2012年, pp.21-39.
- ^ 渡辺精一郎『音便局試案集(未投函)』音便局印刷部, 1961年, pp.1-54.
- ^ 田村千歳「路地裏合唱会におけるテンポ修復儀礼」『民俗音響ジャーナル』Vol.7 No.2, 2009年, pp.88-102.
- ^ Margaret A. Thornton, “Rhythmic Nonsense in Japanese Urban Folklore” 『Journal of Phonetic Play』Vol.19, No.1, 2013, pp.45-67.
- ^ 中原黎明「失われた口上の復元と、笑いの再生条件」『社会言語学年報』第5巻第1号, 2015年, pp.10-24.
- ^ 佐藤陽介「動画切り抜きが即興文脈を奪う—Michinchin事例」『メディア言語研究』第3巻第4号, 2016年, pp.120-137.
- ^ 王暁琳「Audio-gesture synchronization as participatory control」『International Review of Performative Media』Vol.22, No.6, 2018, pp.201-219.
- ^ 鈴木岑治『拍取図の系譜—17拍からの逸脱』路地裏出版, 2011年, pp.1-160.
- ^ Editorial Board, “Special Issue: Call-and-Response Beyond Meaning” 『Performative Linguistics Letters』Vol.2, No.9, 2014, pp.3-8.
- ^ Kobayashi, Haruto, “Unverified Origins and the Authority of Footnoted Anecdote” 『Folklore Citation Studies』第1巻第2号, 2020年, pp.77-90.
外部リンク
- みちんちん連盟アーカイブ
- 路地裏合唱会フォーラム
- 拍取図デジタル資料館
- 音便局メモリアルサイト
- 17拍チャレンジまとめ所