Vやねん
| 分類 | 関西発の縁起語・紙面用語 |
|---|---|
| 成立 | 頃 |
| 発祥地 | 大阪府の新聞社街 |
| 使用者 | スポーツ紙編集部、応援団、予祝研究会 |
| 関連人物 | 村上啓治、藤井まりえ、朝倉源一 |
| 主な媒体 | 夕刊紙、ラジオ番組、駅売店の号外 |
| 象徴色 | 青と黄 |
| 俗信 | 紙面で先に勝利を言うと逆風が起きる |
Vやねん(ぶいやねん)は、関西圏の新聞文化から派生したとされる、勝利宣言と同時に不運を招くと信じられている言い回しである。特にの紙面演出と阪神タイガース周辺のファン心理を結びつける概念として知られる[1]。
概要[編集]
Vやねんは、勝利目前の集団が自らを過剰に祝福した結果、かえって情勢が反転するという関西圏の言説である。元来は大阪府の夕刊文化の中で、見出しの勢いと読者の期待が相互に増幅した現象を指したが、のちにスポーツ、株式、受験、さらには地域イベントの成否までを包摂する一般名詞へと拡大したとされる[1]。
この語はしばしば新聞社の編集会議で生まれた即席表現と説明されるが、実際には後半に複数の編集者と街頭の売り子が接続して形成した「予祝」文化の産物であるとの説が有力である。なお、関係者の証言は食い違いが多く、同一の出来事が「見出しの事故」「商店街の景気づけ」「応援団の暗号」の三通りで語られることがある[2]。
語感の軽妙さに反して、Vやねんには明確な作法がある。単なる勝利宣言ではなく、「いま言うと危ないが、あえて言う」という逆説を含む点が重要であり、関西の笑いの間合い、商売の縁起担ぎ、そして敗北を先回りして茶化す自虐性が同居しているのである。
歴史[編集]
新聞紙面から街頭へ[編集]
Vやねんの原型は、夏にの印刷所で起きた校了事故に求められる。通常は「V」の見出しだけを置く予定が、若手写植担当の藤井まりえが勢い余って関西弁の助詞「やねん」を貼り込んだことにより、紙面の片隅に「Vやねん」と読める組み合わせが生じたとされる。編集長の村上啓治は当初これを厳しく叱責したが、翌朝の駅売店で同号が通常号の1.8倍売れたため、むしろ「景気のよい言い回し」として保存された[3]。
その後、駅前の立ち売り販売員のあいだで、売上が伸びそうな日にだけ「今日はVやねんで」と声を掛ける慣習が生まれた。これが周辺から、へと広がり、新聞用語であった表現が半ば口承の縁起語として定着したのである。
阪神タイガースとの結びつき[編集]
阪神タイガースとの結びつきが強まったのは1985年のことである。球団広報ではなく、むしろ沿道のファン有志が、連勝中のチームに対して「ここでVやねんを出すと危ない」という半ば警告、半ば応援の掛け声を用いたのが始まりとされる。これが周辺の売店に伝播し、応援グッズの裏面に小さく印字されるようになった[4]。
とくに有名なのは、同年のに発売されたとされる「Vやねん扇子」で、表面に金色のV字、裏面に「まだ言うな」が入っていた。配布数は3,200本であったが、雨天中止が重なって実配布は2,941本にとどまり、残りは後年「逆転守護札」としてフリーマーケットに出回ったという。
一般化と俗語化[編集]
に入ると、Vやねんはスポーツ以外にも転用されるようになった。受験生が模試の判定を過信したとき、商店街の福引が当たり過ぎたとき、あるいは自治会の盆踊りが過度に成功したときにも用いられ、いずれも「言い切った瞬間に運が逃げる」という共通の認識が土台になっている。大阪府内の調査では、時点で18歳以上の回答者の41.6%が「Vやねんを聞くと少し縁起が悪い」と答えたとされるが、同調査は要出典であることでも知られる。
一方で、京都府や兵庫県ではやや意味が異なり、京都では「先に勝ちを宣言する芸」、兵庫では「勝ちそうで負ける様式美」として受け取られる傾向があった。こうした地域差が、Vやねんを単なる流行語ではなく、関西都市圏における集団心理の記号へと押し上げたのである。
用法[編集]
Vやねんは通常、断定の直前に付される。たとえば「今年はVやねん」「次で決めるでVやねん」のように用いられ、話し手の期待値をわざと過剰に見せることにより、周囲に笑いと不安を同時に発生させる効果がある。編集実務では、見出しに使う場合は赤字、口頭では語尾をやや伸ばすのが正統とされる。
また、派生表現として「Vやねんした」「Vやねん入りした」などの動詞化も見られる。前者は勝利を確信して失敗すること、後者は成功目前で過剰演出に陥ることを意味し、近畿地方の若年層を中心に定着した。なお、以降はSNS上で絵文字と併用されることが増え、金色のVと汗の絵文字が並ぶ投稿は「典型的Vやねん構文」と呼ばれる[5]。
社会的影響[編集]
Vやねんは、関西のメディア環境における自己言及の文化を象徴する語として評価されている。勝利を先取りする広告、景気を先読みする地方紙、過剰に明るい商店街のポスターなどに転用され、地域経済の「気分を先に売る」手法の比喩としても使われた。
一方で、縁起担ぎに頼りすぎると実態を見誤るという批判もあり、2008年には大学の経営学ゼミがVやねんを題材に「楽観バイアスの社会的伝播」を検討した。報告書によれば、対象となった学生24人のうち19人が、途中で「これ、記事にされるとだいたい負けフラグになる」と答えたという。
さらに、大阪市内の一部商店街では、年末セールの前日に「Vやねん」を口にした店主は売上が伸びる一方、在庫管理を怠る傾向があるとして、店長会議で使用自粛が申し合わせられた。これに対して商店主の側は「縁起が悪いのではなく、言い切ったから準備が甘くなる」と反論している。
批判と論争[編集]
Vやねんをめぐっては、そもそも実在の由来が一つに定まらないことが批判されている。新聞写植事故説、応援団発祥説、商店街口承説の三説が併存しており、の一部では「語としては成立しているが、起源を論じるには資料が足りない」とされる。
また、2011年に出版された『Vやねん文化論』の中で、著者の朝倉源一は「この語は勝利の表明ではなく、敗北の予感を笑いに変換する関西的防衛機制である」と述べたが、同書の第3章だけ妙に口語的で、原稿の一部が居酒屋で口述採録されたのではないかと疑われている[6]。
なお、一部のスポーツ紙関係者は「Vやねんは編集の失敗ではなく、紙面と読者が共犯になった祝祭である」と主張するが、別の編集者は「売れれば何でもよいという意味でのみ正しい」と冷笑している。これらの対立は、現在も大阪の出版業界で静かに続いている。
脚注[編集]
[1] 関西語用史研究会編『大阪紙面語彙の生成』浪速文化出版、2009年、pp. 112-119. [2] 藤井まりえ「写植事故と予祝表現」『近畿メディア史紀要』第14巻第2号、2012年、pp. 33-48. [3] 村上啓治『夕刊と縁起』北浜書房、1994年、pp. 201-207. [4] 阪神応援文化調査委員会『甲子園周辺応援グッズ史』関西資料センター、2008年、pp. 76-81. [5] S. Nakamoto, “Hashtag Superstition in Urban Kansai,” Journal of Folkloric Media Studies, Vol. 8, No. 1, 2016, pp. 15-29. [6] 朝倉源一『Vやねん文化論』青潮社、2011年、pp. 9-12.
脚注
- ^ 関西語用史研究会編『大阪紙面語彙の生成』浪速文化出版、2009年。
- ^ 村上啓治『夕刊と縁起』北浜書房、1994年。
- ^ 藤井まりえ「写植事故と予祝表現」『近畿メディア史紀要』第14巻第2号、2012年、pp. 33-48.
- ^ 阪神応援文化調査委員会『甲子園周辺応援グッズ史』関西資料センター、2008年。
- ^ 朝倉源一『Vやねん文化論』青潮社、2011年。
- ^ S. Nakamoto, “Hashtag Superstition in Urban Kansai,” Journal of Folkloric Media Studies, Vol. 8, No. 1, 2016, pp. 15-29.
- ^ 中井千尋『関西の予祝と商業広告』新曜社、2014年。
- ^ 大橋義明「勝利宣言語の社会心理」『都市民俗研究』第22巻第4号、2017年、pp. 88-104.
- ^ M. Thornton, “Editorial Accidents and Local Myth-Making,” The Media History Review, Vol. 11, No. 3, 2018, pp. 141-158.
- ^ 北村良平『やねんの民俗学』天満文化社、2006年。
外部リンク
- 浪速メディアアーカイブ
- 近畿口承表現データベース
- 甲子園周辺広告史研究室
- 大阪紙面文化研究所
- 関西俗語年鑑