わっしょい
| 分類 | 民俗的掛け声、荷役合図、祭礼音声 |
|---|---|
| 起源 | 19世紀前半の大坂湾岸荷役網 |
| 初期使用地域 | 摂津国・泉州沿岸 |
| 主な用途 | 神輿担ぎ、樽運搬、船揚げ、応援 |
| 標準拍 | 4拍子系、地域差あり |
| 代表的記録 | 『浪華荷役声法控』(1848年) |
| 関連組織 | 大坂荷声協議会、国立民俗音声研究所 |
| 現代的派生 | スポーツ応援、商店街イベント |
| 異称 | よいしょ、わっしょ、ワッシェイ |
わっしょいは、集団で重量物を持ち上げる際に発せられる掛け声として知られる、日本の民俗的合図である。現代では祭礼・運搬・応援の場面で広く用いられるが、その起源は江戸時代後期の大阪における荷役統制技術にあるとされる[1]。
概要[編集]
わっしょいは、もともと重量物を共同で持ち上げる際、呼吸と腰の角度を揃えるために用いられた掛け声である。特に年間のでは、樽廻船の積み下ろし作業が増加し、声の統一が安全性に直結したことから、一定の拍を持つ定型句として整備されたとされる。
一方で、祭礼における使用は後発であり、の宮座が荷役合図を神事へ転用したのが始まりであるという説が有力である。ただし、京都の古文書には同様の発声がすでに見えるとする異説もあり、語源をめぐっては現在も学説が分かれている[2]。
歴史[編集]
成立期[編集]
成立期はからにかけてとされる。当時の湾岸では、米俵・酒樽・木綿俵の取扱量が急増し、荷役人足のあいだで「短く、強く、同時に言える」音列が求められた。そこでの記録係であった渡辺新兵衛が、号令の終端に母音を開く形式を整理し、のちのわっしょい型が定式化されたと伝えられる。
1848年には、同所の内部文書『浪華荷役声法控』に、荷重280匁から3,600匁までの七段階に応じた発声例が掲載された。とくに「上げ三拍・据え一拍」と呼ばれる方式は、現代の神輿担ぎにも継承されたとされる。なお、この文書の末尾には、なぜか長崎のオランダ商館員が記したとみられるラテン文字転写が付されており、真正性については議論がある[3]。
祭礼化と拡散[編集]
明治期に入ると、わっしょいは荷役現場だけでなく、の祭礼でも使われるようになった。これは大阪府内の町会が、運搬作業と神輿渡御を同じ人足が兼務していたためで、声掛けをそのまま祭礼に持ち込んだ結果である。
には東京の新聞『帝都時報』が、浅草の祭りでわっしょいが用いられたことを報じ、これが関東圏への普及に拍車をかけた。以後、だけでなく、運動会の応援、港湾労働、果ては映画撮影のカチンコ代わりにまで転用され、語の意味は徐々に拡張した[4]。
現代的再解釈[編集]
昭和後期になると、わっしょいは「威勢のよい日本語」の代表として観光パンフレットに頻出するようになった。だがの1986年調査では、若年層の42.3%が「掛け声というより、気合いのある相づち」と認識しており、機能的定義が崩れ始めていたことが分かる。
21世紀に入ると、商店街の夏祭りやの応援席で、拍手の代替として「わっしょいリズム」が採用される事例が増えた。2017年にはのイベントで、参加者1,248人が同時に発声し、騒音値が平均78.6デシベルに達したという記録があるが、測定機器が太鼓の真下に置かれていたため、数値の信頼性には疑問が残る[5]。
語源[編集]
語源については諸説あるが、もっとも広く知られるのは「和を背負ってよいしょと上げる」から転じたとする説である。しかし、の高瀬文右衛門は、『わ』は輪、『しょい』は背負い具を意味するとして、荷物を円形に組み上げる船倉術語だったと主張した。
また、の一部地域では「わっ」は力を入れる際の息止め音、「しょい」は腰入れの掛け声であると説明されるが、これは地元の小学校で昭和30年代に作られた副読本に由来する可能性がある。さらに、京都大学民俗音声ゼミの調査ノートには、わっしょいがもともと「枠を正す」意味の作業語だったという記述もあり、意味の揺れはきわめて大きい[6]。
社会的影響[編集]
わっしょいの社会的影響は、単なる掛け声の域を超えている。まず、共同作業の同期化に寄与したことで、港湾労働における事故率がからのあいだに17%低下したとする統計がある。ただし、この統計は「わっしょい導入地区」と「導入予定地区」を比較しており、比較群の設計がやや独特である[7]。
また、教育現場では学級活動の統率語として利用されることがあった。兵庫県のある中学校では、体育祭の綱引きで「わっしょい三唱」を行うと勝率が上がるという校内迷信が広まり、1994年から1998年までの5年間で優勝回数が2回増えたとされる。なお、この増加は対戦相手の欠席率の上昇と同時期であり、因果関係は不明である。
批判と論争[編集]
わっしょいをめぐる批判としては、第一に「どの地方のものかが曖昧である」点が挙げられる。関西起源説、江戸後期転入説、祭礼独立発生説が併存しており、の非公式検討会でも結論は出なかったとされる。
第二に、近年の商業利用が過剰であるとの指摘がある。特に以降、土産物の包装紙、焼き菓子、洗剤のCMにまで用いられ、「掛け声の神聖性を損ねる」との抗議が大阪市の商店街連合に寄せられた。もっとも、反対運動の中心人物であったとされる松永きぬ子自身が、のちにイベント司会で「わっしょい」を8回使っていたとの報告もあり、論争は複雑である[8]。
代表的な用例[編集]
わっしょいは、地域や文脈によって細かな変形を持つ。神輿の担ぎ上げでは「わっしょい、わっしょい」と二回繰り返す形式が多いが、青森県の一部では語尾を伸ばして「わっしょーい」とする。これは雪道で息が切れやすいため、長音化したという説明がある。
また、北海道の漁村では、網の巻き上げ時に「わっしょいね」と言う柔らかい方言型が確認されている。これは威勢よりも同期を重視した形とされ、実際には近隣への挨拶を兼ねることが多かったという。さらに、東京都の祭礼指導書には、子ども用として「わっしょ、わっしょ」と拍を短縮した版が掲載されており、教育的配慮の痕跡とみられる。
脚注[編集]
[1] 田島亮介『掛け声の成立と共同作業』民俗音声研究会、2009年。
[2] 山口澄子『祭礼語彙の転用史』八坂書房、2011年。
[3] 大坂荷役改所編『浪華荷役声法控』復刻委員会、1848年復刻版。
[4] 斎藤義雄「都市新聞にみる掛け声の流通」『近代語史紀要』第12巻第2号、pp. 41-68、1998年。
[5] 福岡市イベント音環境調査班『都市祭礼における発声圧測定報告』福岡市文化振興局、2018年。
[6] 高瀬文右衛門『和声背負論』私家版、1934年。
[7] Nakamura, T. & Ellison, J. “Labor Chants and Accident Reduction in Late Tokugawa Ports,” Journal of Imaginary Maritime Studies, Vol. 8, No. 1, pp. 15-39, 2004.
[8] 松本由里子『商店街イベントと伝統語彙の再商品化』現代民俗出版社、2015年。
関連項目[編集]
脚注
- ^ 田島亮介『掛け声の成立と共同作業』民俗音声研究会、2009年.
- ^ 山口澄子『祭礼語彙の転用史』八坂書房、2011年.
- ^ 大坂荷役改所編『浪華荷役声法控』復刻委員会、1848年復刻版.
- ^ 斎藤義雄「都市新聞にみる掛け声の流通」『近代語史紀要』第12巻第2号、pp. 41-68、1998年.
- ^ 福岡市イベント音環境調査班『都市祭礼における発声圧測定報告』福岡市文化振興局、2018年.
- ^ 高瀬文右衛門『和声背負論』私家版、1934年.
- ^ Nakamura, T. & Ellison, J. “Labor Chants and Accident Reduction in Late Tokugawa Ports,” Journal of Imaginary Maritime Studies, Vol. 8, No. 1, pp. 15-39, 2004.
- ^ 松本由里子『商店街イベントと伝統語彙の再商品化』現代民俗出版社、2015年.
- ^ 井上真一「神輿担ぎにおける拍同期の民俗的研究」『日本民俗音響学会誌』第7巻第3号、pp. 112-134、2002年.
- ^ Margaret A. Thornton, “Collective Lifts and Ritual Shouts in Urban Japan,” The Review of Invented Ethnography, Vol. 3, No. 4, pp. 201-229, 2011.
外部リンク
- 国立民俗音声研究所
- 大坂荷声アーカイブ
- 日本祭礼語彙データベース
- 浪華荷役史料館
- わっしょい保存協会