全国の監督さん
| 名称 | 全国の監督さん |
|---|---|
| 正式名称 | 全国監督職連絡協議会 |
| 設立 | 1927年頃 |
| 設立地 | 大阪府中央区 |
| 目的 | 監督職の標準化と相互認証 |
| 活動地域 | 日本全国 |
| 会員数 | 2023年時点で約4,800名 |
| 関連機関 | 国立現場管理研究所、全日本進行協会 |
| 通称 | 監督さん |
| 標語 | 見て、止めて、整える |
全国の監督さん(ぜんこくのかんとくさん)は、日本各地の工場・劇場・行政施設・地域行事における「監督職」を横断的に束ねる民間準公認の職能ネットワークである。元来は大正末期の興行統制を目的として大阪府中央区で生まれたとされ、その後東京都を中心に全国へ広がった[1]。
概要[編集]
全国の監督さんは、監督という職能を単なる「指示役」ではなく、現場秩序・安全確認・進行管理・対外調整を一体で担う技術として再定義した団体である。公的な資格制度ではないものの、昭和初期から中小工場、映画撮影所、地方祭礼の運営班などで事実上の標準とみなされてきた[2]。
この組織の特徴は、監督の現場ごとの差異を細かく分類し、帽章の色、笛の長さ、手帳の罫線幅まで規格化した点にある。また、会議資料の末尾に必ず「本日の監督は全体として良好」といった総括文を入れる慣習があり、のちに官庁文書の文体にも影響したとされる。
成立の経緯[編集]
起源は、大阪市の船場地区で行われた「夜間搬入監督講習会」に求められる。講習会の参加者だった渡会清次郎は、現場ごとに監督のやり方が違いすぎることを問題視し、翌年に私設の「監督談合帳」を作成した[3]。この帳簿が、後の全国組織の原型になったとされる。
には京都府の撮影所監督、名古屋市の繊維工場監督、横浜市の港湾監督が参加し、統一規程案「第七回監督所作法十二則」が採択された。ただし、第四則の「指差確認は必ず左手で行う」という条文だけは後年まで議論を呼び、現在でも一部地域で右手派と左手派が併存している[4]。
組織構造[編集]
監督等級[編集]
会員は「見習い監督」「定置監督」「広域監督」「総巡回監督」の四等級に分かれる。定置監督は一つの施設しか見ないが、総巡回監督は北海道から沖縄県まで月に12か所以上を回ることが求められ、靴底の減り方まで記録される。2020年の内部調査では、総巡回監督の平均歩数は1日14,200歩で、通常職員の約2.6倍であったとされる[5]。
監督手帳[編集]
入会時に交付される「監督手帳」は、表紙に朱色の富士山と滑車の紋章が押される特殊な装丁で知られる。手帳には「停止」「保留」「再点検」「気合」など24種類の判定欄があり、最も使われるのは「いったん止める」である。なお、手帳の紙質が昭和40年代に急に厚くなったのは、ある会員が「薄い紙では現場の説得力が足りない」と述べたためであるという[6]。
活動内容[編集]
全国の監督さんの活動は、単なる巡回指導にとどまらない。毎年2月の「全国監督点検週間」には、東京都内の主要駅で笛の鳴動試験が行われ、3秒以内に3回吹けるかが確認される。また新潟県の除雪現場では、雪壁に埋まった標識の角度を監督が自ら測る「角度実地学」が行われる。
さらに、地方の祭礼や商店街の催事では、行列の先頭に立つ人物を「臨時監督」として任命する慣習があり、祭りの進行が遅れた場合には監督が太鼓の拍数を半拍だけ繰り上げることで整流したと記録されている。これにより、のある夏祭りでは、露店の撤収時刻が17分短縮された一方、客が帰れなくなったという逸話が残る。
社会的影響[編集]
全国の監督さんは、戦後の復興期において現場の安全思想を広めた団体として評価されている。特にの首都圏輸送増強期には、駅ホームの整列位置を示す床線が、同団体の「監督位置推奨図」に由来するという説がある[7]。
また、教育現場にも影響が及び、小学校の学級委員が「今日の監督」を順番に担当する制度が広まった地域もあった。これにより、児童が黒板消しを持つ角度を0度・15度・30度で比較する「学級統制観察」が一部で行われたが、保護者からは「必要以上に現場が本格的である」との指摘もあった。
一方で、監督職の標準化が強すぎたため、地方の職人気質と衝突することも多かった。とくに長野県の木工現場では、監督が指示を出す前に職人がすでに半分終えていることが珍しくなく、協議会側はこれを「先行完成現象」と呼んで研究対象にした。
批判と論争[編集]
批判の中心は、監督の権威が過剰に神聖化された点にある。1978年には日本経済新聞系の週刊面で、監督手帳の所持者がバスの座席位置まで口出しする事例が報じられ、これが「監督ハラスメント」として一時的に流行語化した[8]。
また、1986年の「笛の材質論争」では、竹笛派、アルミ笛派、樹脂笛派が真っ向から対立し、千葉県の研修所で3日間にわたり鳴動比較会が行われた。最終的には「現場では音量より腹積もりが重要」との議長裁定で収束したが、竹笛派の一部は現在も月例会に参加していない。
なお、2011年には会員名簿の中に「臨時監督・猫」という記載が見つかり、情報公開請求の結果、これは倉庫番の飼い猫を誤って登録したものであることが判明した。だが協議会はこれを機に「現場確認は四足歩行にも対応すべきか」という研究班を設置している。
歴代の主な人物[編集]
渡会清次郎[編集]
初代の理論家とされる人物で、出身。現場の混乱を「監督の語彙不足」と見なし、用語集を1,200語まで増やしたことで知られる。彼が残した「止めることは、進めることの上位概念である」という一文は、今日でも入会式で朗読される。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 渡会清次郎『監督所作法十二則覚書』大阪現場出版, 1932年.
- ^ 三枝ハル「戦後工場における監督位置の再編」『労務と現場』Vol. 14, No. 2, 1958, pp. 41-67.
- ^ 北見宗一『巡回監督の実際』日本監督協会刊, 1966年.
- ^ Albert H. Fenwick, "Supervisory Rhythms in Postwar Japan," Journal of Occupational Order, Vol. 8, No. 1, 1972, pp. 9-28.
- ^ 佐伯由紀夫『笛と手帳:監督文化の形成』中央統制研究所, 1981年.
- ^ Marjorie L. Kent, "On the Left-Hand Whistle Doctrine," Proceedings of the East Asian Field Studies, Vol. 19, No. 4, 1987, pp. 201-219.
- ^ 全国監督職連絡協議会編『監督年鑑 1994』監督文化資料室, 1994年.
- ^ 高橋八重子『先行完成現象の研究』現場学術会議, 2003年.
- ^ Jonathan P. Adler, "The Regulation of Ritual Processions by Supervisory Guilds," Civic Order Review, Vol. 11, No. 3, 2011, pp. 77-96.
- ^ 『監督さんのための全国地図帳』日本現場地理協会, 2019年.
- ^ 松井省三『全国の監督さん入門 だいたい分かる本』東都書房, 2022年.
外部リンク
- 全国監督職連絡協議会 公式案内
- 国立現場管理研究所 デジタルアーカイブ
- 日本監督文化史料館
- 監督手帳研究会
- 現場進行標準化フォーラム