古今東西もんまりキッス
| 分類 | 儀礼的口吻行為(民間語彙の再編集運用) |
|---|---|
| 起源とされる地域 | 新潟県沿岸の“もんまり”習俗をめぐる伝承群 |
| 成立経緯(説) | 雑誌連載と方言採録の“編集合戦”により体系化 |
| 実施の合図 | 三拍子の掌打+短い言い回し(方言差異) |
| 関連機関(風説) | 付属の“語彙調整委員会” |
| 主要な記録媒体 | 私家版の“口吻譜”および地方紙の投稿欄 |
| 論争点 | 儀礼化の是非と、商業利用に伴う変質 |
古今東西もんまりキッス(ここんとうざい もんまりきっす)は、世界各地の民俗語彙を“口寄せ的に接合”し、特定の合図とともに行われるとされる儀礼的なキスの総称である[1]。しばしば即興文化として語られるが、実際には20世紀初頭に整理された民間手順書の系譜に位置づけられる[2]。
概要[編集]
古今東西もんまりキッスは、「古今東西」という時間・空間の枠を“言葉で先に埋めてから”キスの型に移行する、という手順が特徴とされる[3]。単なる恋愛表現というより、地域語彙・合図・沈黙の長さをセットで扱う点が学術的に注目されている[4]。
名称中の「もんまり」は、新潟県沿岸で用いられたとされる滑らかな言い淀み(ため息に近い発音)を指す語として説明されることが多い[5]。一方で近年の記録では、「もんまり=“たくさん(もん)+まとまり(まり)”の合成語」とする説も有力とされ、元の方言語彙が“編集上の都合で言い換えられた”可能性が示唆されている[6]。
儀礼の実施は、(1)挨拶の言い回し、(2)掌打のテンポ、(3)口吻の解除までの沈黙秒数、(4)相互に“語彙のお礼”を述べる、の4要素で語られる[7]。なお沈黙秒数は伝承地域ごとに差があるとされるが、最も頻繁に引用される目安は「1.7秒」である[8]。この値は後述する私家版手順書の写しに由来するとされるが、原本の頁番号が度々入れ替わっているため、厳密な検証が困難だとされる[9]。
成立と体系化[編集]
この語彙が「儀礼的口吻行為の総称」として一体化したのは、代後半から代前半にかけての“民間編集”の流れと結びついて語られることが多い[10]。当時、地方紙の投稿欄で、方言採録を装って恋愛作法を流用する文章が相次ぎ、編集者たちはそれを「誤読された文化」として収束させる試みを行ったとされる[11]。
その中心人物として、新潟県の中堅書店を拠点にした編集者(こばやし おうたろう)が挙げられることが多い[12]。彼は“もんまり”を「曖昧さの装置」と位置づけ、全国の投稿を突き合わせて「言葉→合図→口吻→謝辞」という順序表を作成したとされる[13]。さらに彼は、全国の類似表現を集める際に“距離の数え方”を統一しようとし、山間部・港町・都市部で同じテンポ記号を割り当てた[14]。
もっとも、体系化が完了したかどうかは不明とされる。手順書の複数写本では、掌打の回数が「3回」から「4回」に変化しているとも報告されており、編集者の気分による加筆ではないか、との指摘もある[15]。ただし一般に広まった版では、合図が「左手掌打1回+右手掌打2回+沈黙0.6秒」という形に固定されたとされ、これが“もんまりキッスの定型”として受容されたとされる[16]。
手順書『口吻譜・東西綴り』のねじれ[編集]
私家版の『口吻譜・東西綴り』では、章立てが「古今東西」→「北陸」→「江戸」→「文明開化後」という順で並べられているとされる[17]。しかし実際には、写しによって「江戸」が「北海道」に誤置換されていたことが、のちに北海道の投稿者の照合記録から指摘されている[18]。
この“誤置換”がかえって流行の燃料になったとも言われる。つまり、読者が内容の整合性を疑いながらも「それでも同じ型でキスが成立するらしい」という体験を得たことが、民間での反復を加速させたと考えられている[19]。また、この写しでは沈黙秒数の例が「1.7秒」「2.3秒」「3.1秒」の三つに限られているとされ、最終項目にだけ赤い鉛筆の添え書きがあると記される[20]。添え書きの文言は伝承では「多く見積もるな」とされ、意味の薄さが逆に権威を補強した、という解釈がある[21]。
“語彙のお礼”の社会設計[編集]
古今東西もんまりキッスが恋愛の自由度を奪うのではなく、逆に“言葉の役割”を固定することで安心感を作った、とする見方がある[22]。具体的には、口吻の直後に一定のフレーズを返すことが求められ、返答の長さは「息継ぎ2回分」と表現される場合が多い[23]。
この仕組みは、当時の都市労働者向けに出版された手帳『通勤礼式ミニ図鑑』にも取り込まれたとされる[24]。同書ではキスが直接描写されない一方で、「古今東西」という言い回しだけが“挨拶の区切り”として残され、儀礼が摩耗しても記号だけが生き残ったと説明される[25]。このため現在では、実際の口吻行為を伴わない「語彙だけのもんまりキッス」さえ観察されると主張する研究者もいる[26]。ただし、その観察は当事者の自己申告に強く依存するとされ、再現性の低さが批判されている[27]。
影響と普及のメカニズム[編集]
普及の主経路は、に創刊された週刊誌だとする説が有力である[28]。同誌の連載欄では、投稿者が「古今東西もんまりキッスの“成功条件”」を数式めいた文章で送り、編集部はそれを「文化の実験」として掲載したとされる[29]。その結果、全国の読者が自分の地域語彙を“実装”し直し、定型を改造しながら遊ぶようになった、という構図が語られている[30]。
また、普及には観光行政側の“映え対策”が関与したとされる。たとえば長野県の観光課が、地域の語り部講習に「もんまり」を導入した、とする伝聞がある[31]。この講習では、語り部が観客に向けて“沈黙秒数の見せ方”を指導され、実施後のアンケートが「また同じ口吻儀礼を観たい」ではなく「言葉の区切りが心地よかった」と分類されたとされる[32]。
一方で、普及は安全性の問題も伴ったとされる。とくに学校行事に持ち込まれた際、沈黙秒数を守ろうとするあまり、先生が生徒に対して無理な“拍の統一”を求めた事件が、地方紙で複数報じられたとされる[33]。ただし報道が恋愛スキャンダルの色彩を帯びていたため、どこまでが儀礼、どこからが単なる行動指導だったかは曖昧とされる[34]。この曖昧さこそが、後に“儀礼の中身”ではなく“名前の強さ”だけが独り歩きする原因になったと指摘されている[35]。
数値化された“沈黙”と疑似科学[編集]
沈黙秒数が「1.7秒」として引用される背景には、測定の簡便さがあったとされる[36]。当時の愛好家はストップウォッチを使うのではなく、ラジオの時報を基準にしたとされ、これが“0.1秒単位の丸め”を生んだという[37]。
一部の講習では、沈黙の長さと“気温”を結びつけようとする疑似科学的な講釈が付け加わり、「冬は2.3秒、夏は1.7秒が快適」といった乱暴な分類が流通したとも言われる[38]。ただしこの種の主張は、実測ではなく語呂の良さによって採用された可能性が高いと指摘されている[39]。なお、その講釈の出典として『家庭温度礼式便覧 第8版』が挙げられることがあるが、同書の初版年が写本ごとに1934年とで食い違っている[40]。
都市部での“短縮版”誕生[編集]
都市部では、もんまりキッスが“面倒な儀礼”として扱われ、短縮版が生まれたとされる[41]。短縮版では「古今東西」という前置きが省略され、代わりに「東西だけ先に言う」といったルールに変わったと報告されている[42]。
また、港町の集まりでは手順がさらに圧縮され、「掌打は合計3拍、沈黙は0.9秒」といった簡略化が流通したという[43]。この簡略版が広まった背景には、相手との距離が近い状況でも“儀礼の皮”だけは残そうとする欲求があったと説明される[44]。ただし、短縮版の普及により、本来含まれていたとされる“語彙のお礼”が消え、関係性の誤解を招いたケースもあったとされる[45]。
批判と論争[編集]
古今東西もんまりキッスは、文化の模倣としては肯定的に語られる一方で、他者の同意や場の温度を無視して儀礼だけが走る危険がある、と批判されている[46]。特に、沈黙秒数や掌打テンポを“正しさ”として押し付ける行為が問題化し、地域の青少年団体から注意喚起が出されたとする記録が残る[47]。
また商業化の波も指摘されている。たとえば東京のイベント会社が、もんまりキッスを“体験コンテンツ”として売り出した際、参加者が事前に練習を強制される形になったと報じられた[48]。この事件は、道徳的な批判と同時に、「文化が消費されることで定型が崩れた」という技術論の批判も呼んだとされる[49]。
さらに、名称の解釈をめぐる学術的論争もある。「もんまり」を方言音のため息として捉えるべきだという立場と、「もんまり」を合成語として捉えるべきだという立場が対立したとされる[50]。前者は語彙の身体性を重視する一方、後者は編集史を重視する。しかし結論として、どちらの立場でも“起源の確証が薄い”点が共通して指摘されており、結果的に論争が延命したとされる[51]。要するに、この語は「確かめられないからこそ、確かめたくなる」性質を持っていたのではないか、とも言われている[52]。
“勝手に古今東西する”問題[編集]
ある論文では、もんまりキッスが「相手の言語背景を無断で“古今東西の装飾”に組み込む行為」に変質しうる、と述べられている[53]。具体例として、会話の途中で一方が突然「古今東西」と言い、相手が追随できないまま掌打が始まってしまう場面が挙げられている[54]。
この論文の引用元として、名古屋市の“即興礼式”サークルが作ったという観察ノートが挙げられた[55]。ただし、そのノートの所在が長らく不明であり、近年になってコピー写真だけが出回ったため、読者の間で“実話度”の評価が揺れているとされる[56]。このため、批判は理念としては共有されつつも、証拠の強度は弱いと見なされる傾向がある[57]。
文献と編集史(要出典が付きやすい部分)[編集]
古今東西もんまりキッスに関する二次文献は、地方紙の縮刷版と私家版の写しに大きく依存している[58]。そのため、同じ内容でも頁番号や引用の順番が異なり、百科事典的な取りまとめが難しいとされる[59]。
とくに“もんまり=ため息”説を裏づける一次資料として、1932年に配布されたという講習プリント『語彙調律の初歩』が挙げられることがある[60]。しかし、そのプリントには発行者名がなく、紙質も複数種類があるとされるため、真正性が疑われる[61]。一方で編集史を重視する立場は、『ラヂオと文通』の連載原稿が残っているという理由で、合成語説を補強した[62]。
なお、この分野は引用の“体裁”が先に流行する傾向があり、実態よりも「出典らしさ」が重要視されたとする指摘がある[63]。そのため読者は、脚注の数や巻号表記を見た瞬間に安心してしまうことがあるが、そこに落とし穴がある、と忠告する研究者もいる[64]。実際、同分野では著者名の表記が「小林 鴎太郎」「小林 鴎太朗」のように揺れていることがあり、文献を追うほど混乱が増えるとも言われる[65]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 小林 鴎太郎『口吻譜・東西綴り(私家版)』もんまり書房, 1931.
- ^ 田村 美咲『方言語彙の編集合戦:民間手順書の成立』北越言語研究叢書, 1987.
- ^ R. H. Caldwell, “Ritual Silence and the 1.7-Second Myth,” Vol. 12 No. 3, Journal of Folk Semiotics, 2001.
- ^ 佐藤 圭吾『沈黙の計測文化:時報基準と丸め誤差』時報学研究所, 1996.
- ^ M. A. Thornton, “Vocabulary-First Intimacy Models in Early Mass Media,” Vol. 27, International Review of Applied Philology, 2010.
- ^ 【文化財担当課】『語彙調整委員会報告書(抄)』自治体資料, 1954.
- ^ 山崎 智香『都市部における“古今東西”短縮運用の事例集』都市礼式学会, 2008.
- ^ 伊達 光『家庭温度礼式便覧』(第8版)暁光出版社, 1936.
- ^ 中村 玲香『儀礼の商業化と定型の摩耗:体験コンテンツの功罪』メディア批評社, 2019.
- ^ 匿名『語彙調律の初歩(配布プリント)』名古屋礼式倉庫, 1932.
外部リンク
- もんまり資料アーカイブ
- 口吻譜写し閲覧室
- ラヂオと文通 連載復刻
- 沈黙秒数計測ノート
- 暁光シアター 逸話DB