大都実現党
| 名称 | 大都実現党 |
|---|---|
| 略称 | DRP |
| ロゴ/画像 | 青地に白い高層ビルとチェックマークを組み合わせた紋章 |
| 設立 | 1978年4月12日 |
| 本部/headquarters | 東京都千代田区永田町二丁目 |
| 代表者/事務局長 | 事務局長 佐伯真一 |
| 加盟国数 | 14か国 |
| 職員数 | 312人 |
| 予算 | 年額 約84億円 |
| ウェブサイト | daito-realization.example.org |
| 特記事項 | 設置法に基づき設立された準政府的機関とされる |
大都実現党(だいとじつげんとう、英: Daito Realization Party、略称: DRP)は、都市計画の迅速化と“実現済み政策”の可視化を目的として設立されたである[1]。設立。本部は東京都千代田区に置かれている。
概要[編集]
大都実現党は、都市政策・公共インフラ・住民合意形成を統合し、各種計画を「構想段階」ではなく「実現段階」へ移行させることを目的として設立されたである[1]。名称に「党」とあるが、実態はの外局的性格を持つ協議体であり、加盟国・準加盟自治体・観測団体によって運営される。
本部は東京都千代田区に置かれている。創設当初は昭和53年の都市再編ブームを背景に、内閣官房・・複数の民間再開発会社が合同で設けた前身組織「大都推進連絡会」に由来するとされるが、成立経緯には若干の異説がある[2]。
歴史[編集]
創設と名称の由来[編集]
大都実現党の前身は、1974年に発足した「首都圏実装調整会議」であるとされる。同会議は、霞が関周辺の道路混雑と、紙の上では完成しているはずの公共事業が実地では進まない問題に対処するため設けられた。会議録によれば、ある委員が「計画より先に実現を名乗るべきだ」と発言したことが、党名の直接の起源になったという[3]。
4月12日、の地下大会議室において設立総会が開かれ、正式名称を大都実現党とすることが決議された。なお、当日配布された綱領冊子には、初版だけ「実現済党」と誤植されていたが、逆に支持者の一部がその語感を好んだため、数年にわたり内部文書で併用されたとされる。
組織[編集]
組織構成[編集]
大都実現党の最高意思決定機関は総会であり、年2回開催される。総会では、加盟国・加盟都市の代表が都市改善決議、予算案、実証事業の優先順位を採択する。理事会は総会決議の執行を担う常設機関で、議長国制度が採用されている。
事務局は本部機能の中核であり、政策企画局、実証審査局、景観整備局、住民合意支援局、都市儀礼局の5部局から成る。都市儀礼局は、開通式や完成披露での鳩放ち、テープカットの向き、来賓導線の長さまで規格化しており、党の「実現」はしばしば儀礼面から先に整うことが知られている。
主要部局[編集]
政策企画局は、道路・鉄道・公園・防災拠点の統合計画を管轄する。実証審査局は、机上の計画を神奈川県内の実験都市で検証し、住民アンケートの回収率が83%を超えない限り本格実装に進めない規定を運用している。
景観整備局は、街区の色彩、看板寸法、歩道の縁石角度まで定めることで有名である。なお、2014年に同局が配布した「推奨緑色」は、印刷所ごとに微妙に異なり、職員の間では“7種類ある同じ緑”として半ば伝説化している。
活動[編集]
都市実装事業[編集]
大都実現党は、都市再開発の実装支援、公共施設の標準化、交通結節点の混雑緩和などを中心に活動を行っている。特に東京駅周辺の地下歩行ネットワーク整備では、延べ19回の計画改訂を経て、最終案が「最初の構想図よりも分かりやすい」と評価された。
また、党は各都市で「実現週間」を設け、1週間のあいだに看板更新、ベンチ増設、バス停時刻表の刷新を集中的に行う。2019年の会合では、参加者がわずか46分で17件の施策を可決したため、議事録が3冊にわたっても実際の決定事項はA4一枚に収まった。
国際連携[編集]
加盟国間では、都市交通の乗り換え改善、河川沿いの緑地帯整備、災害時の仮設都市計画の共有が主要課題とされる。党はとの協力覚書を結んでいるが、相手側からは「提案が現実より一歩先を行きすぎる」と評されることが多い[5]。
さらに、年1回開催される「実現博覧会」では、完成予想模型が現場写真より先に公開される慣行があり、来場者はしばしば完成後の街並みを先に見せられる。これに対し、一部の批評家は「未来の方が先に配布される団体」と皮肉る。
財政[編集]
大都実現党の予算は2024年度で約84億円であり、そのうち約41%が加盟国分担金、27%が都市実証基金、18%が民間寄附、残余が出版・講習・視察受入収入であるとされる。財政資料は年次報告書として公表されるが、実際には「完成後に使う予定だった費用」が次年度へ繰り越されることが多く、会計上の残高が妙に景気よく見える傾向がある。
職員数は時点で312人であるが、うち48人は他機関からの出向、19人は都市儀礼専門官、7人は「図面再整合担当」である。なお、2018年の監査では、備品欄に「視察用ヘルメット(未使用)」が1,200個計上されていたことが判明し、理事会で軽い問題になった。
加盟国[編集]
大都実現党には、日本、韓国、シンガポール、、、ベトナム、フィリピン、、オーストラリア、カナダ、、、オランダ、の14か国が加盟しているとされる。ほかに、、バルセロナ、など7都市が準加盟である。
加盟の条件は、党が定める「都市実現度指数」が年平均62点以上であること、または、未完成のモニュメントを3年以上見守る行政経験を有することである。もっとも、この条件がどのように比較衡量されたのかは、いまなお明確ではない。
歴代事務局長・幹部[編集]
事務局長[編集]
初代事務局長はで、からまで在任した。佐藤は都市計画畑の官僚出身で、会議を必ず現地視察から始めることで知られた。2代目のは、1990年からまで事務局を統括し、女性職員の比率を17%から39%へ引き上げた。
現事務局長のはに就任した。彼は「完成した事業ほど説明が難しい」との発言で知られ、就任直後に全局へA3一枚の事業要約書提出を義務化したため、各部局からは概ね歓迎されたが、図面作成担当だけはやや困惑したという。
不祥事[編集]
大都実現党は比較的クリーンな団体と見なされる一方、いくつかの不祥事が報じられている。2011年には、実証都市で実施予定だった歩行者空間整備の予算の一部が、誤って記念品として発注された折りたたみ傘2,400本に化けていたことが発覚し、契約部門が一時閉鎖された[7]。
2017年には、年次総会の会場案内図に本部とは逆方向の出口が赤字で強調されていたため、来賓の一部が隣接する方面へ流れてしまう事故が起きた。党はこれを「導線の過剰最適化による一時的逸脱」と説明したが、週刊誌は「党自身が実現より迷走を選んだ」と批判した。
また、2023年には、加盟都市の一部が「実現度指数」の算定に用いられたアンケートが、同じ人物に3回配布されていた疑いを指摘した。事務局は「手続上の重複であり、意図的な操作ではない」と否定したが、要出典とされる記述が多い。
脚注[編集]
[1] 大都実現党設置法第1条。
[2] 中村英夫『首都圏再編と実現行政』都市政策出版、1982年、pp. 41-46。
[3] 佐伯真一「会議録にみる“実現”概念の成立」『実装都市研究』第12巻第3号、1997年、pp. 15-29。
[4] 『大都実現党年次報告書 2003』大都実現党事務局、2004年。
[5] Margaret A. Thornton,