神経免疫性疾患
| 分類 | 疾患群 |
|---|---|
| 初出 | 1926年頃 |
| 提唱者 | 寺島義景、M. R. Caldwell |
| 研究拠点 | 京都帝国大学、陸軍衛生研究所 |
| 関連分野 | 神経学、免疫学、寒冷生理学 |
| 特徴 | 神経伝導の遅延と免疫反応の過剰同期 |
| 代表的仮説 | 二相性自己反射理論 |
| 社会的影響 | 長距離鉄道勤務者の健康審査に影響 |
神経免疫性疾患(しんけいめんえきせいしっかん、英: Neuroimmune Disorder)は、との相互干渉によって発生するとされる疾患群である。もともとは大正末期に京都帝国大学の寒冷実験から偶発的に記録された概念であり、後に東京都内の軍医研究班によって体系化されたとされる[1]。
概要[編集]
神経免疫性疾患とは、の伝達異常と、の反応性上昇が同時に起こることで説明される一群の病態であるとされる。臨床上はしびれ、言語のもつれ、急な寒気への過敏、そして「他人の咳払いに反射的に手足が冷える」といった、やや説明しづらい症状が重なる点で知られている。
この概念は、の京都で行われた「冬季反射保持実験」において、被験者の肘に味噌を塗布したところ、免疫反応の高まりと同時に足先の温度が奇妙に下がったことから着想されたとされる。なお、この実験記録は要出典とされることが多いが、研究日誌の紙質が当時のものと一致しているため完全には否定されていない[2]。
歴史[編集]
起源[編集]
起源は、京都帝国大学医学部の助手であったが、冬季講義の補助資料として作成した「神経と免疫の同調図」にさかのぼるとされる。寺島は当初、で多発する「鈴の音が聞こえると発熱する症例」を説明するために、免疫反応が神経電位へ逆流するという仮説を立てた。
同年、来日中の米国人研究者がこれを英訳し、英字誌『Transactions of Polar Medicine』に “neuro-immune resonance” の語を掲載したことで、概念が半ば独立に国際化した。しかし、Caldwell本人はのちに「最初は氷室の欠陥報告だと思った」と回想しており、学会内では今なお誤読説が根強い[3]。
陸軍衛生研究所による再編[編集]
になると、はこの概念を「兵営での集団失神と発疹の同時発生」を説明する軍医学的分類として採用した。特に周辺の演習地で、夜間巡回の翌朝に兵士の頬が赤く腫れる一方、命令への反応時間が平均で2.8秒遅くなる事例が続いたことから、衛生班はこれを単なる疲労ではなく「神経免疫性攪乱」と記録した。
この時期に確立したのが、後に有名になる「二相性自己反射理論」である。これは、免疫系が異物を排除する過程で神経系を“誤って近い敵”とみなし、結果として筋緊張と微熱が交互に現れるというもので、東京帝国大学の一部研究者からは「理論というより詩に近い」と批判された。
病型[編集]
神経免疫性疾患は、症状の組み合わせによっていくつかの病型に分けられる。最も多いのは、急な緊張で発疹と失語が同時に出る「反射併発型」で、次いで、寒冷刺激のあとに眉間痛と微細な震えが続く「温度逆転型」が知られている。
また、稀なものとして「鈴鳴り誘発型」がある。これは、鉄道駅の発車ベルや寺院の梵鐘を聞いた直後に、患者の免疫指標が数分だけ上昇する現象で、東海道本線沿線の診療所で多く観察されたとされる。なお、測定機器の多くが古いを使用していたため、音響と温度のどちらを見ていたのかは今も議論がある。
臨床上は、通常のと混同されやすいが、神経免疫性疾患では「症状が本人の感情に同調する」点が特徴とされる。例えば、患者が会議で退屈すると掌の湿度が上がり、驚くと頬の発赤が左右非対称になる、といった記録がある。
診断[編集]
反応扁差試験[編集]
診断法として広く用いられたのが「反応扁差試験」である。これは左右の耳朶に異なる温度の金属板を当て、同時に青森県産のリンゴ酢を嗅がせて神経反応と免疫反応の差を測る方法で、の時点で全国17施設が採用したとされる。
ただし、試験結果は検者の声の大きさに左右されやすく、大阪市のある病院では、看護師が厳しい口調で指示した場合に限って陽性率が12.4%上昇したという。これは「検査というより演技指導である」と論争を呼んだ[4]。
冬季血清共鳴図[編集]
以降は、「冬季血清共鳴図」が診断補助として導入された。患者の血清をの研究所で低温保存し、紙筒に通した音叉を近づけることで、共鳴波形が規則的な波を示すかを見るという、きわめて手間のかかる方法である。
この装置は一見合理的であったが、実際には保存庫の開閉回数が多すぎて、冷蔵担当者の方が先に神経免疫性のような症状を訴えることがあり、後年の再評価では「患者より職員に負担が大きい検査」とされた。
社会的影響[編集]
神経免疫性疾患は、医学よりも先に労務管理へ影響を与えたとされる。昭和後期の企業では、長時間の照明下作業に従事する職員に対し、月1回の「神経免疫適応確認」が実施され、質問票には「昨日、蛍光灯の下で他人のため息が気になったか」など、極めて独特な項目が含まれていた。
また、1980年代には、東京都の私鉄沿線で「車内放送を聞くと手が冷える」という訴えが続出し、鉄道会社が発車ベルの周波数を3.2Hzずらしたことがある。結果として苦情は減少したが、今度は「駅員の声が妙に遠く聞こえる」との別の問題が発生したため、のちに元に戻された。
一方で、患者会は独自の文化を育てた。毎年横浜で開催された「共鳴と静養のつどい」では、参加者が白衣ではなく厚手の毛布を持参するのが慣例で、会場前に毛布の販売業者が並ぶほどであったという。
批判と論争[編集]
神経免疫性疾患をめぐっては、当初から批判も多かった。とりわけ東京大学の生理学者は、1964年の講演で「神経と免疫の関係を説明するのに、なぜ発車ベルと味噌が必要なのか」と述べ、概念の過剰な象徴化を問題視した。
これに対し支持派は、症状が再現される現場が病院よりも寒冷倉庫や鉄道施設に偏っていたことを挙げ、環境依存性の疾患としての妥当性を主張した。ただし、支持派論文の多くがに執筆されていたこと、また著者の所属欄に「臨時顧問」「研究嘱託」など曖昧な肩書が多かったことから、後年の研究史では「学問と怪談の境界が最も薄かった領域」と評されている。
現代の位置づけ[編集]
21世紀に入ると、神経免疫性疾患は正式な診断名というより、症候群的な説明枠組みとして扱われるようになった。現在は上での使用頻度も減少したが、地方の診療所ではなお補助診断語として残っており、特にの初診票で出現率が高いとされる。
また、研究コミュニティではAI解析による「症状共鳴パターン」の探索が進められ、2022年には名古屋の共同研究班が3,412件の匿名症例から、気圧低下と自己申告の“人に見られている感じ”の相関を示した。しかし、統計処理の途中で「見られている感じ」をどう数値化したかが説明されず、査読者の一人がコメント欄で沈黙したという逸話が残る。
脚注[編集]
脚注
- ^ 寺島義景『神経免疫相関の冬季的観察』京都医学社, 1927.
- ^ M. R. Caldwell, “Notes on Neuro-Immune Resonance,” Transactions of Polar Medicine, Vol. 4, No. 2, 1928, pp. 113-129.
- ^ 陸軍衛生研究所 編『兵営における異常反射の記録』軍医会館出版部, 1934.
- ^ 緒方辰三『免疫現象の誤読とその周辺』東京生理学叢書, 1965.
- ^ Harriet L. Morrow, “Temperature-Locked Symptoms in Urban Laborers,” Journal of Applied Neuroimmunology, Vol. 11, No. 1, 1959, pp. 9-27.
- ^ 日本神経免疫学会準備委員会『異常反射研究懇話会議事録 第1巻』文京資料社, 1958.
- ^ 佐伯三郎『鈴の音と症状誘発:沿線医療の半世紀』関東鉄道医療研究会, 1981.
- ^ P. J. Halberd, “A Misplaced Theory of Immune Echoes,” Annals of Nervous and Immune Conditions, Vol. 19, No. 4, 1972, pp. 201-219.
- ^ 名古屋共同研究班『気圧低下と被視感の統計的連関』中部臨床統計センター, 2022.
- ^ 高橋冬子『冬季血清共鳴図の実務』札幌検査技術出版社, 1962.
外部リンク
- 日本神経免疫史資料館
- 冬季反射研究アーカイブ
- 関東沿線医療年報
- 共鳴症候群研究ネット
- 京都旧医学部デジタル資料室