5・7・5ラップ
| 行事名 | 5・7・5ラップ |
|---|---|
| 開催地 | 東京都渋谷区 渋谷音詩神社(境内特設ステージ) |
| 開催時期 | 7月下旬〜8月上旬(年によって第2週の土曜を中心に3日間) |
| 種類 | 即興詠唱・音楽祭(ラップ合戦型) |
| 由来 | 五七五の韻律に“揺り戻し”を組み合わせ、夜気払いのリズムとしたと伝えられている |
概要[編集]
5・7・5ラップは、短い定型(5・7・5)に合わせて歌詞を刻む“祭礼型ラップ”として知られている。神社の境内では、太鼓の合図で参加者が輪になり、決められた拍に従って即興を行う形式が基本である[2]。
由来の説明では、単なる韻律ではなく“夜の混線を戻す”ための儀礼が中核とされる。とくに今年度の公式記録では、初日の開会時刻から閉会までの平均BPMがに設定される慣行があるとされ、細部まで“儀式としての音”が管理されている点が特徴である[3]。
なお、祭り名にはの掛け声が結びつけられることが多く、参加者は自作の一節の前後に同句を挟むと勝利確率が上がる、という言い伝えが広まっている[4]。もっとも、その統計根拠については「誰が測ったのか」も含めて議論の余地が残るとされる。
名称[編集]
名称は、定型の文字数配列が5・7・5であることに基づくと説明される。これは俳諧の古い唱え方に倣うものとして語られ、当初は“音詩(おんし)”と呼ばれたとされる[5]。
また、祭礼パンフレットでは「5・7・5」と「ラップ」を並列させる表記が採用されるが、地元の古い帳面では「5・7・5」「7・5」「Yo Yo Yo!」が同一頁に混在して記録されているという。編集の事情は不明であるが、神社の文書担当によれば「当時、掛け声のほうが先に流行してしまい、後から数え直した」可能性があるとされる[6]。
このため、名称には二重の由来があるとされる。一方では韻律の伝統に由来し、他方では即興の現代性に由来すると説明されている。
由来/歴史[編集]
音詩神社の“戻し拍”伝説[編集]
では、夏の夜になると人々の声が“別の方向へ流れてしまう”という言い伝えがあったとされる。そこで古くから、境内の石段に刻まれた窪みを足裏で数え、最後の段で拍を戻す儀礼が行われた、と記録されている[7]。
この儀礼を簡略化したのが、五七五の定型に合わせて声を反射させる“戻し拍”である。天保期の音戸帳(おんどちょう)に近い形式の巻物が基になったとする説があるが、原本の所在は確認されていない[8]。
一方で、明治後期にNHK前身局の技師が“文字数と発声の整合”に着目し、神社の太鼓隊と共同でリズム表を作った、という話も伝わる。ただし当該人物名の記述は後世の写しにのみ存在し、出典の確度は揺れている[9]。
Yo Yo Yo!が合図になった経緯[編集]
の掛け声が祭りの要となったのは、昭和初期にの映画館で“短い言葉が観客の位置を揃える”という舞台演出が成功したことが契機とされる[10]。
その演出を見たとされる町会の青年たちが、神社の子ども囃子に「観客が迷わない合図」を持ち込み、合図として固定されたと説明されている。具体的には、掛け声が“次の行への合図”として機能するよう、参加者はYo Yo Yo!を必ず3回繰り返し、最終回の直後に5音・7音・5音を落とし込む、とされる[11]。
ただし、神社の公式掲示では「3回」と断定しているのに対し、古い口伝では「2回半」があったとされ、どちらが採用されたかは不一致である。ここに“祭りが生き物である”という解釈が加えられ、細部の揺れが逆に民俗性を補強している、と評価されることがある[12]。
日程[編集]
の5・7・5ラップは、7月下旬から8月上旬にかけて行われる。基本形は第2週の土曜を起点とし、前夜の“韻ならし”から数えて3日間に及ぶとされる[13]。
初日は「風鈴点検」と称して、境内の金具を回す音が“余韻だけを残す周波数”になるよう調整される。参加者はこの調整に協力し、各自の声の立ち上がりを以内に合わせるルールがあると報告されている[14]。
2日目の昼は子ども向けの“5の段”のみが行われ、夕方から本戦の“7の段”“5の段”が続く。最終日は勝敗の宣言後に全員でYo Yo Yo!を唱和し、祭りの音を外へほどく“帰韻(きいん)”が行われる。
各種行事[編集]
各種行事は、定型の段ごとに役割が分けられている。まず開会直前に、太鼓が打たれ、その直後に参加者がそれぞれの段の言葉を口にする。ここで重要なのは韻の一致よりも“段の重さ”であるとされ、審判役のは「言葉を軽くすると魂が滑る」と述べる[15]。
次に「一節入札(いっせつにゅうさつ)」と呼ばれる行事がある。これは即興歌の一部分を“誰のものにするか”を会場の拍手数で決める制度で、当たり手は最後の5音を必ずから始める規定があるとされる[16]。
さらに、夜の部には“逆さラップ供養”が行われる。参加者は歌詞を通常の順序とは逆に読み上げ、最後のYo Yo Yo!で正しい順へ戻す、と伝えられている。よって、この儀礼は「記憶の迷子を探す儀式」であるとして語られる[17]。
地域別[編集]
では境内の石段が会場の中心となり、段数の数え間違いが“敗北の象徴”として語り継がれている。地元の商店街連絡会では、参加者に配布する紙札の番号が番台に統一される年があるとされ、数字自体が縁起として扱われる[18]。
一方、同じ祭礼名で呼ばれる催しが近隣の神奈川県の一部でも行われているが、流派により特徴が異なるとされる。横浜寄りの地域では“7の段”の長さを声の響きで伸ばし、ラップというより“長息詠唱”に近い運用があるという[19]。
また、地方の若手実施団体では、Yo Yo Yo!の回数をに減らして速唱化する試みが報告されている。ただし、神社の古記録では「戻し拍は3回で完成する」と明記されているため、減少は一時的な流行に留まると見られている[20]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 渋谷音詩神社『夏祭礼帳(写本)』渋谷音詩神社文書室, 1952.
- ^ 山下光太郎『五七五の発声儀礼と境内音響』渋谷音楽民俗学会, 1979.
- ^ 田中澄江『Yo Yo Yo!はなぜ合図になったか—口伝の数え直し』『民俗音声研究』第12巻第3号, pp.41-63, 1986.
- ^ Katherine R. Walters『Meter, Crowd, and the Summer Night: An Unusual Case』Vol.8 No.2, pp.101-118, 1994.
- ^ 鈴木徹也『“戻し拍”の実測記録と伝承のズレ』『日本音響祭祀学会誌』第5巻第1号, pp.12-29, 2001.
- ^ 佐伯真由『子どもの“5の段”が祭りを継ぐ理由』『季節学紀要』第22号, pp.77-95, 2008.
- ^ 音詩師研究会『一節入札の運用規則(試案)』音詩師研究会, 2013.
- ^ M. Alvarez『Rap as Ritual: Short Forms in Local Festivals』『Ethnomusicology Notes』Vol.31 No.4, pp.210-233, 2018.
- ^ 渋谷区教育委員会『平成・夏季イベント記録集(暫定版)』渋谷区, 2020.
- ^ Hiroshi Nakamura『Reversed Reading Practices and the 7-Beat Section』『Journal of Festival Phonetics』第7巻第2号, pp.1-17, 2022.
外部リンク
- 渋谷音詩神社 公式祭礼日誌
- 5・7・5ラップ 保存会アーカイブ
- 渋谷区 夏の音詩マップ
- 音響民俗 研究メモ(非公式掲示)
- 戻し拍計測ノート