エセカル消費
| 名称 | エセカル消費 |
|---|---|
| 分類 | 消費文化・マーケティング用語 |
| 提唱年 | 1978年 |
| 提唱地 | 東京都千代田区 |
| 提唱者 | 斎藤澄江、松浦弘文ほか |
| 主な対象 | 有機食品、再生素材製品、認証付き雑貨 |
| 関連制度 | 緑札認証、エコ履歴表示制度 |
| 流行期 | 1994年-2008年 |
| 特徴 | 倫理性の表示を消費の快楽へ転用する点 |
| 別名 | 善意消費、見せかけ倫理消費 |
エセカル消費(エセカルしょうひ、英: Esekal Consumption)は、環境配慮や倫理性を掲げる商品のうち、実際にはその価値を半ば演出として消費する行動様式である。に東京都千代田区で提唱されたとされ、のちにの前身組織に相当するの内部文書で広まったとされている[1]。
概要[編集]
エセカル消費は、表向きにはへの配慮を伴う購買行動を指すが、実態としては購入者が自らの価値観を周囲に可視化するための記号的消費として説明される。とくに1980年代後半から東京の都市部で、包装紙やタグの見栄えが商品の中身以上に重視される傾向が強まったことが背景にあるとされる[2]。
この概念は、の会場で配布された薄緑色のパンフレットに「ethical」の綴りを誤記したことから定着したとの説が有力である。ただし、当時の記録では誤記ではなく、担当者が意図的に“エセ”と読ませることで「本物と雰囲気のあいだ」を狙ったとする証言もあり、研究者の間で議論が続いている[3]。
歴史[編集]
起源[編集]
起源は、東京都千代田区の貸会議室で開かれた「生活意識と包装戦略を考える夕べ」に遡るとされる。ここでとが、当時急増していた再利用瓶付き飲料に対し「買う側の顔つきが良くなる包装が必要である」と発言し、これが後年の理論化につながった[1]。
翌年、の内部報告書『若年層購買における道徳的自己演出』第4章で初めて「エセカル」という語が確認される。報告書には、都内渋谷区の試験店舗において、客の37.4%が原価よりも“善そうに見えるラベル”に反応したと記されているが、調査票の回収箱が菓子箱と同じ棚に置かれていたため、統計の信頼性には疑問が残る[4]。
制度化[編集]
にはの外郭団体とされるが設立され、のちに「緑札認証」が制定された。緑札は、商品が倫理的であることを保証する制度ではなく、「倫理的に見える最低限の表示」を満たしたことを示す半公的ラベルとして運用されたという。
この制度の導入により、全国社のメーカーが、竹材、未晒し紙、素朴な書体を競って採用した。とくに大阪市の包装印刷会社は、再生紙をさらに“再生紙風”に見せる加工を開発し、同社の「二重素朴仕上げ」は当時の業界誌で絶賛された[5]。
特徴[編集]
エセカル消費の特徴は、商品の実質的価値よりも「倫理的であるという印象」を優先する点にある。具体的には、未晒しの箱、手書き風フォント、農園の番号が3桁であること、そして過度に白くない写真が、信用のシグナルとして機能したとされる。
また、購入者は実際の消費量を抑えるより、消費の見せ方を工夫する傾向を示した。都内の調査では、エセカル関連商品を月に4点以上購入する層のうち、68%が「選択の説明をSNSで行った」と回答したとされるが、調査実施者の一人が被験者本人であったため、学術的にはやや癖のあるデータである[7]。
社会的影響[編集]
エセカル消費は、における包装簡素化と情報過多の同時進行をもたらした。商品の側面には原材料よりも理念文が増え、1商品あたりの平均説明文は1991年の82字からには317字へと伸長したとされる。
また、学校教育にも影響を与え、神奈川県の一部中学校では家庭科の補助教材として「選ぶ理由を書く」授業が導入された。生徒が「安いから」ではなく「地球にやさしそうだから」と記すことが推奨された一方、ある教員が「やさしそうという表現は逃げ道である」と注意したため、教室が一時的に沈黙したという記録が残っている。
さらに、の「東京包装フォーラム」では、エセカル消費の急拡大を受けて、製品の中身ではなく袋の側面に認証印を押す方式が提案された。これは後に「見せる認証」として欧州に輸出され、ベルリンの雑貨店街でミニブームを起こしたとされる[8]。
批判と論争[編集]
批判の中心は、エセカル消費が倫理を支持する行為ではなく、倫理を消費する行為に変質している点である。には京都大学の社会心理学者が、「良心の外装化」という概念を用いて、購入者が他者からの評価を先取りしていると論じた。
これに対し、業界側は「市場は自己表現の器である」と反論したが、の大手百貨店アンケートでは、回答者の41.2%が「中身を確認する前に“倫理的そう”で買った経験がある」と回答したため、反論は十分に説得力を持たなかった。なお、同調査では「倫理的そう」の定義を自由記述としたため、回答欄に「木箱であること」とだけ書いた票が大量に集まったという[9]。
一方で、エセカル消費を全面否定する立場にも批判がある。ある文化人類学者は、これは近代消費社会における“善の練習”であり、たとえ見せかけであっても市場に倫理の語彙を残した点は評価されると主張した。もっとも、その論文の末尾には「なお、筆者は緑札認証の箱が好きである」とだけ補記されており、論旨の純度は低い。
年表[編集]
1970年代-1980年代[編集]
に概念の萌芽が生じ、には都内の輸入食品店で「善意の棚」が試験導入された。には緑札認証が制度化され、エセカル消費は行政用語に近い形で拡散した。
1990年代-2000年代[編集]
、雑誌『暮らしの設計』が特集「見せる良心」を掲載し、一般層への浸透が加速した。2008年の世界的な景気後退により一時的に沈静化したが、その後はオンライン購買のレビュー文化に形を変えて残存した。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 斎藤澄江『包装と良心の市場史』生活文化出版, 1981.
- ^ 松浦弘文『消費の顔つき—都市中間層の自己演出—』東洋評論社, 1987.
- ^ 日本流通改善協会 編『若年層購買における道徳的自己演出』内部資料, 1979.
- ^ 高見沢真理「良心の外装化に関する一考察」『社会心理学研究』Vol. 28, No. 3, 2003, pp. 114-129.
- ^ Karen L. Whitcomb, "Esekal Labels and Urban Taste", Journal of Consumer Semiotics, Vol. 12, No. 2, 1997, pp. 41-68.
- ^ 北浜アートパッケージ技術部『二重素朴仕上げの設計と運用』包装工学会誌 第14巻第1号, 1988, pp. 7-19.
- ^ 『月刊生活批評』編集部「善そうに見えるものは何を売るのか」『月刊生活批評』第22巻第6号, 1998, pp. 4-11.
- ^ Martha E. Raines, "Performing Ethics in Retail Space", Cambridge Consumer Studies, 2004, pp. 201-233.
- ^ 京都府立生活史資料館 編『緑札認証制度史料集』、2009.
- ^ 『エセカル消費と木箱の政治学』国際流通論集 第7巻第4号, 2011, pp. 55-73.
外部リンク
- 生活態度調整室アーカイブ
- 日本流通改善協会デジタル年報
- 包装文化研究センター
- 緑札認証管理委員会
- 都市消費史資料庫