ソビエト第12号閉鎖区域
ソビエト第12号閉鎖区域(そびえとだい12ごうへいさくくいき)とは、日本の都市伝説の一種である[1]。旧ソビエト連邦の極北に存在したとされる封鎖地帯で、の失敗と期の実験が重なって生まれたという話が全国に広まった[1]。
概要[編集]
ソビエト第12号閉鎖区域は、ソビエト連邦の末期にへ設けられたとされる、公式記録上は存在しない閉鎖区画である。伝承では北方の無名湿原にあり、地図では半径18キロメートルの円としてしか記されなかったという。
この都市伝説は、1980年代後半のオカルトブームと、圏の軍事機密への関心が結びついて形成されたとされる。とくに「第12号」という機械的な番号付けが、軍需工場、研究施設、あるいは収容区域のどれにも読めるため、噂が拡散しやすかったとされている[2]。
歴史[編集]
噂に見る人物像[編集]
伝承において第12号閉鎖区域を管理していたのは、大佐とされる。彼は無線では常に敬語を使い、命令書にも必ず「霧が濃い日は番号を一つ進めよ」と書き添えたという、いかにも官僚的で不気味な人物像で描かれる。
一方で、区域内で唯一外部と接触したとされる女性技師は、毎週金曜日に市場へ現れ、を買う代わりに「地図に載らない家の数」を尋ねたという。彼女の証言は、のちにモスクワの学生サークルで「閉鎖区域の住民は、番号で名字を呼ばれる」と脚色され、半ば妖怪譚のように語られた。
伝承の内容[編集]
伝承によれば、第12号閉鎖区域は単なる軍事施設ではなく、の乱れによって毎年方角がずれる「移動する都市」であった。建物はに見えるが、近づくと壁が鉄臭く、夜明け前になると窓の位置だけが一斉に一段上へずれるという。
また、区域の中心には「第12炉」と呼ばれる円筒状の建造物があり、ここで生産された熱がの配電網を通じてモスクワまで送られていた、という話がある。もっとも、その熱量はにすぎず、実際には一軒の温室も満足に温められなかったとされる[5]。
最も有名なのは「住所を忘れた者が、翌朝には地図から消える」という怪談である。これは区域内で迷子になった兵士が、帳簿上は除籍されず、しかし家族からも存在を認識されなくなる現象を指すとされ、とが混同された結果だという説もある。
委細と派生[編集]
第12号の由来をめぐる説[編集]
「12」という数字には複数の解釈がある。旧の地方税区画に由来するという説、の数に合わせた秘密聖域説、そして単に鉄道省の整理番号が余っていたという説である。とりわけ最後の説は現実味があるため、逆に信じられにくいとされる。
なお、の古文書館には「第12号」ではなく「第12-В号」と読める資料があるが、閲覧者の多くがそこを見落とすため、伝承ではしばしば「V型閉鎖区域」と呼ばれる派生が生まれた。
噂にみる「対処法」[編集]
伝承上、第12号閉鎖区域に迷い込んだ者は、で自分の氏名を三度唱え、次に「第11号と第13号の間を通る」と言えば抜け出せるとされる。ただし、二度目に名前を唱えると住所が一つずれるため、実際には行きの貨物列車に乗せられるだけだという。
また、地元では小麦粉をポケットに入れていくと足跡が残り、監視兵に見つかりにくいという妙な対処法がある。もっとも、区域内は常に乾いた霧に包まれているため、粉が湿って団子になるだけだとも言われている[6]。
社会的影響[編集]
この都市伝説は、の秘密主義に対する漠然とした恐怖を象徴するものとして受容された。とくに後の日本では、閉鎖区域を題材にした同人誌、深夜番組、心霊スポット紹介番組が相次ぎ、頃には「ソ連の謎の封鎖地帯」は定番の話題となった。
一方で、にも奇妙な影響を与えた。架空の区域を模した「第12号」風の看板を立てる廃墟ツアーがや長野県で行われ、参加者の一部は本当に何かを見たと証言した。調査した自治体職員は、たいてい照明不足と飲酒の影響であると説明したが、かえって伝説を補強したという。
文化・メディアでの扱い[編集]
の深夜ドラマ『霧の番号』では、第12号閉鎖区域が「存在しないのに毎週拡張される行政区」として描かれ、視聴者から問い合わせが相次いだ。さらにのゲーム雑誌『電脳迷宮』では、実在のを元にした特集が組まれ、読者投稿欄に「12号は見た者の記憶だけを閉鎖する」という文が掲載された。
YouTube時代に入ると、廃墟探索系の配信者がの林道で「第12号の境界標識」を撮影したと称し、赤い三角旗を掲げた。しかし翌週、その動画のコメント欄では、旗が製のキャンプ用品であることが指摘され、むしろ信憑性が上がるという逆説的な展開を見せた。
脚注[編集]
[1] 伝承系資料における標準的な初出は、1989年の地方民俗誌とされる。
[2] 第12号という番号は、軍事施設と研究所の双方に用いられやすく、都市伝説の受け皿になったとされる。
[3] ルキヤノフの手記は複数版本があり、引用のたびに地名がからへ変わる。
[4] 『北方の視線』掲載記事は、編集後記で「事実関係は未確認」と付記されていた。
[5] この数値は、区域が「暖房能力より神秘性を重視して設計された」ことを示す証拠として引用されることがある。
[6] 乾燥した小麦粉は監視兵の足音を鈍らせるというが、根拠は示されていない。
参考文献[編集]
イリーナ・S・ペトロヴァ『閉鎖区域伝承集成――北方番号都市の系譜』モスクワ民俗出版, 2008年.
Sergei L. Ivanov, “Numbered Zones and Administrative Ghosts,” Journal of Eurasian Folklore, Vol. 14, No. 2, pp. 88-117, 2011.
高橋真理子『冷戦オカルトの地理学』青弓社, 2012年.
Nikolai V. Sidorov, “The Twelfth Seal: Cartographic Errors in Late Soviet Security Culture,” Slavic Studies Review, Vol. 22, No. 4, pp. 201-236, 2015.
佐々木一郎『都市伝説のソビエト学』筑摩書房, 2016年.
Anna Morozova, “Fog, Fences, and False Frontiers,” Northeastern Archives Quarterly, Vol. 9, No. 1, pp. 13-41, 2018.
『北方の視線』編集部『第12号閉鎖区域特集号』同誌増刊, 1988年.
松本由佳『境界の怪談――番号で呼ばれる場所』河出書房新社, 2020年.
Dmitri A. Korolev, “Closed Districts in Popular Memory,” The Baltic Folklorist, Vol. 31, No. 3, pp. 55-79, 2022.
マクシム・ベロフ『霧の行政区画』新潮社, 2024年.
脚注
- ^ イリーナ・S・ペトロヴァ『閉鎖区域伝承集成――北方番号都市の系譜』モスクワ民俗出版, 2008年.
- ^ Sergei L. Ivanov, “Numbered Zones and Administrative Ghosts,” Journal of Eurasian Folklore, Vol. 14, No. 2, pp. 88-117, 2011.
- ^ 高橋真理子『冷戦オカルトの地理学』青弓社, 2012年.
- ^ Nikolai V. Sidorov, “The Twelfth Seal: Cartographic Errors in Late Soviet Security Culture,” Slavic Studies Review, Vol. 22, No. 4, pp. 201-236, 2015.
- ^ 佐々木一郎『都市伝説のソビエト学』筑摩書房, 2016年.
- ^ Anna Morozova, “Fog, Fences, and False Frontiers,” Northeastern Archives Quarterly, Vol. 9, No. 1, pp. 13-41, 2018.
- ^ 『北方の視線』編集部『第12号閉鎖区域特集号』同誌増刊, 1988年.
- ^ 松本由佳『境界の怪談――番号で呼ばれる場所』河出書房新社, 2020年.
- ^ Dmitri A. Korolev, “Closed Districts in Popular Memory,” The Baltic Folklorist, Vol. 31, No. 3, pp. 55-79, 2022.
- ^ マクシム・ベロフ『霧の行政区画』新潮社, 2024年.
外部リンク
- 北方都市伝説アーカイブ
- 閉鎖区域研究会
- 霧の番号図書館
- ソビエト怪談資料室
- 境界譚データベース