予想活版母版
| 名称 | 予想活版母版 |
|---|---|
| 別名 | 予見母版、予測母版 |
| 分類 | 活版印刷の補助母版 |
| 起源 | 1908年頃 |
| 主な用途 | 印刷版の補正、活字面の事前調整 |
| 普及地域 | 日本、朝鮮半島、上海租界 |
| 代表的製造所 | 東京印刷器具商会、神田予像工業所 |
| 特徴 | 印刷前に「刷り上がり」を見越して彫り込みを変える |
| 関連法令 | 帝国印刷用品取締規則 |
| 現状 | 一部の復刻印刷工房で再評価 |
予想活版母版(よそうかっぱんぼはん)は、組版前に文字面の摩耗やインク滞留を事前に推定し、印刷結果を補正するために用いられるとされる用の母版である。主に明治末期から昭和初期にかけて、東京府下の印刷所で普及したとされる[1]。
概要[編集]
予想活版母版は、活版印刷において通常の母版が持つ定型的な複製機能に、将来の刷り上がりを見越した補正機能を重ねた特殊な器具である。印刷工が試刷を行う前に、紙質、湿度、刷圧、さらには作業者のその日の機嫌まで勘定に入れて版面を調整すると説明されることが多い[2]。
この技法は、の小規模印刷所で偶発的に生まれたとする説が有力である。もっとも、後年の研究では、実際には大正期の校正文化を誤読したものが独立した技術体系のように語られるようになったにすぎない、との指摘もある[3]。
歴史[編集]
起源[編集]
起源については、にの組版工・小川新三郎が、湿気で膨らむ和紙の癖を見越して母版の縁を0.3ミリ深く彫ったことに始まるとされる。翌週、その版で刷られた俳句雑誌『月下の鉛』が、編集会議で「やけに字面が落ち着いて見える」と評され、以後は予想活版母版として同業者に広まったという。
一方で、同時代の帳簿には単に「修正済母型」としか書かれておらず、現在の呼称は後年の印刷史家・がの講演で作ったものだとする説が強い。なお、この講演では、長尾が会場で実物を示そうとして誤って活字ケースを二つひっくり返し、聴衆に「未来を落とした」と囁かれた逸話が残る[4]。
構造と機能[編集]
予想活版母版は、通常の母版に比べて縁部がわずかに傾斜し、文字の肩が半段浅く刻まれている点に特徴がある。これにより、刷り出し直後はやや薄く見えるが、数百枚刷るうちに紙面の膨張とインクのにじみでちょうどよい濃度になると説明される。
また、熟練工は母版の右下隅に「予想孔」と呼ばれる小さな逃げ穴を2〜4個設け、気温18度以下では一つ、湿度70%以上では三つ塞ぐなどの調整を行ったという。もっとも、この孔が本当に機能したのか、単なる縁起担ぎだったのかについては議論が分かれている[6]。
一部の研究者は、予想活版母版の本質は金属加工ではなく編集術にあると見る。すなわち、版を彫る前に「どうせあとで直る誤字」をあえて残しておき、刷り上がった紙面がそれを自己修正するように見せる文化である、というものである。
社会的影響[編集]
予想活版母版は、印刷工程の合理化だけでなく、校正者の権威にも影響を与えた。従来、赤鉛筆を持つ校正係が最終判断を下していたが、予想活版母版の導入後は「版が先にわかっているなら人間の目は何のためにあるのか」という議論が起きたとされる。
のでは、ある校正主任が「予想された誤植に人間が勝てるはずがない」と発言し、社内で三日間だけ沈黙の時間が設けられたという。実際には単なる業務停止であった可能性が高いが、この逸話は印刷界で半ば教訓として語られている。
また、広告業界では、商品の価格改定を事前に刷り込んでおく「先刷り広告」に応用され、売れ残りを見越した特売札が大量に作られた。これにより、銀座の百貨店では「値下げの前日にはすでに安い」状態が常態化したといわれる。
批判と論争[編集]
予想活版母版には、導入当初から「未来を印刷に持ち込むのは危険である」とする批判があった。特に京都の保守的な印刷職人の間では、版面に先回りの補正をかけることは「文字の運命を人為的に歪める行為」とされた。
また、にはで、予想活版母版の再現実験をめぐり、ある講師が「もし印刷が当たらなければ、予想のほうを直せばよい」と述べたため、会場が一時騒然となった。これを契機に、学会誌上で「母版は未来を予測するのか、それとも過去の失敗を前借りするのか」という論争が半年ほど続いた[7]。
なお、近年では古い工房から出土したとされる標本の中に、実際には単なる歪んだ活字床であるものが多く含まれていたことが判明している。そのため、予想活版母版の全容は、技術史と口伝が混ざった半ば伝説的な存在として扱われている。
現代における再評価[編集]
以降、活版印刷の復興とともに予想活版母版はデザイン教育の題材として再評価された。とくにの実習では、学生が「未来の誤差」をテーマに母版を削る課題が出され、提出作のうち17点が審査員に「実用性はないが気持ちは分かる」と評された。
さらに、神奈川県の復刻印刷工房では、予想活版母版を使って結婚式招待状を刷るサービスが登場した。雨天を見越して文面を0.5ポイント太らせるなどの細工が人気で、1件あたり平均2.8回の再校正を要するという。もっとも、依頼者の約6割は完成後にその違いに気づかないとされ、そこにこの技法の美学があるともいえる。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 長尾貞吉『予想活版母版考』東京印刷史学会, 1938年, pp. 41-68.
- ^ 小川新三郎『母版と予見のあいだ』神田活字研究所, 1921年, pp. 12-29.
- ^ Margaret A. Thornton, "Predictive Matrices in Early Japanese Letterpress", Journal of Print History, Vol. 14, No. 2, 1967, pp. 113-139.
- ^ 佐伯俊之『校正者の沈黙: 近代印刷の逸脱』青燈社, 1956年, pp. 201-233.
- ^ Kenjiro S. Watanabe, "On the Pre-Printing Adjustment of Type Faces", The Nippon Typographic Review, Vol. 6, No. 4, 1941, pp. 5-27.
- ^ 『帝国印刷用品取締規則解説』内務省文書課, 1932年, pp. 77-81.
- ^ 橋本葉子『予想される誤植』月刊文字文化, 第12巻第3号, 1984年, pp. 9-18.
- ^ Arthur L. Greene, The Future of the Inked Page, Kessler & Rowan Press, 1978, pp. 88-104.
- ^ 中村博『活字の気象学』風花書房, 1969年, pp. 55-73.
- ^ E. M. Kline, "When the Matrix Knows Tomorrow", Print and Society Quarterly, Vol. 9, No. 1, 1995, pp. 1-16.
外部リンク
- 日本印刷史研究会アーカイブ
- 神田活字資料館デジタルコレクション
- 活版未来学ラボ
- 東京印刷器具商会復刻目録
- 文字文化保存財団