放屁許可証
| 名称 | 放屁許可証 |
|---|---|
| 別名 | 臨時排気票、第二呼気証 |
| 対象 | 公共空間における放屁行為 |
| 主管 | 内務省衛生局・のちに都市風環境課 |
| 初出 | 1897年頃 |
| 廃止 | 1949年の行政簡素化通達 |
| 主な運用地 | 東京市、横浜市、神戸市 |
| 関係法令 | 都市臭気取締規則、通称「臭規」 |
| 発行枚数 | 1932年時点で年間約4,800枚 |
放屁許可証(ほうひきょかしょう、英: Flatulence Permit)は、特定の公共空間において放屁行為を事前に届け出て許可を受けるためのである。主としての衛生行政の周縁で発達した制度とされ、のちに東京都千代田区を中心に半ば慣習法化したとされる[1]。
概要[編集]
放屁許可証は、集会、車内、劇場、病院待合室などの閉鎖空間で放屁を行う際、一定の手続により周囲への影響を軽減することを目的とした証票である。実際には厳密な法的効力よりも、周辺住民・施設管理者・警察署のあいだで共有された「空気の秩序」を可視化する装置として機能したとされる。
制度の起源については諸説あるが、明治時代後期の東京府において、が流行性感冒対策の一環として設けた「臭気申告制」が源流であるという説が有力である[2]。なお、当初は紙片に朱印を押しただけの簡素な様式であったが、1920年代には顔写真、許可時間、推奨姿勢まで記載されるようになり、次第に独立した証票制度へと発展したとされる。
定義と運用[編集]
許可証は、原則として一回の放屁ごとに発行されたが、上位等級の保有者には「一刻二発」までの包括許可が認められた。発行窓口はではなく、駅構内や劇場入口に設けられた臨時の「排気受付」であったとされ、担当者は白手袋を着用していたという。
適用範囲[編集]
最も厳格だったのは山手線内の通勤時間帯で、指定車両では無許可放屁が車掌の裁量で注意対象となった。逆に、海岸部の漁港や温泉地では黙認されることが多く、同じ制度でも地域差が著しかった。
歴史[編集]
起源[編集]
1897年、の下水改良工事により一時的に空気循環が悪化した際、地元衛生委員の渡辺精一郎が「個々の生理現象を集団衛生の言葉で整理すべきである」と提案したのが始まりとされる。彼はのちに『臭気は都市の第二の騒音である』と書き残したとされるが、一次資料は確認されていない[要出典]。
制度化[編集]
1908年には警視庁が試験的に「放屁臨時許可票」を導入し、劇場・寄席・長距離列車に限り運用が認められた。1914年には大阪市が独自規格の楕円形証票を採用し、右上に臭気方向を示す小さな矢印が印字されたことで有名である。
最盛期[編集]
1930年代には、百貨店や映画館が独自の「静音排気席」を設け、許可証所持者には座席交換や換気扇近傍への案内が行われた。1932年のは、許可証の所持率が都心部成人男性の18.6%に達したと報じたが、内務省統計との整合は現在も議論がある。
等級制度[編集]
放屁許可証は1931年の改正で、臭気強度、音量、持続時間、発生予告の有無に応じてAからDまでの4等級に分けられた。A級は「短時間・低音・低残留」とされ、主に役人や鉄道職員に付与された一方、D級は祭礼・相撲・宴会の会場周辺で限定的に用いられた。
さらに、1936年には試験的に「夜間静圧加算」が導入され、午後10時以降の放屁には追加の換気確認が義務づけられたという。これはの要望により制度化されたとされるが、実際には料亭組合の圧力が強かったとする研究もある。
一部の官報では、許可証の裏面に「左を向くこと」「一礼ののち実施すること」などの心得が印刷されており、放屁を単なる生理現象ではなく礼法の一部として扱おうとする姿勢がうかがえる。
発行手続[編集]
申請者はまず「排気適性診断票」に過去24時間の食事内容を記入し、納豆、牛乳、の摂取有無を申告した。次に、待合室で木製の試験椅子に20分間着席し、係員が腹部の張りを聴診器で確認したとされる。
発行は原則として無料であったが、特別枠の「会議室用」や「満員電車用」は印紙税2銭が必要であった。1938年以降は窓口での即日交付が普及し、最短7分で受け取れることを売りにしていた。
社会的影響[編集]
放屁許可証は、都市生活における「他人の身体をどこまで公共的に扱うか」という問題を可視化した点で大きな影響を与えた。学校では「許可証を持たない者は先に手を挙げるべし」という半ば道徳教育のような指導が行われ、鉄道会社は車内アナウンスに「排気はお静かに」と付け加えるようになった。
また、百貨店の屋上には「許可証優待休憩所」が設けられ、そこでは風向き表示板とティッシュ配布が行われた。利用者数は1937年のピーク時で月間約1万2,000人に達したとされるが、当時の新聞広告との対応関係は不明である。
批判と論争[編集]
制度に対しては、医学界から「生理現象の官僚化である」との批判があり、特にの一部研究者は、許可制がかえって緊張性鼓腸を誘発すると指摘した。これに対し、衛生局側は「秩序なき放屁は風紀を乱す」と反論し、両者の論争はしばしば新聞紙上で続いた。
一方で、庶民のあいだでは抜け道も多く、紙面には「団扇であおげば微風扱いとなる」「咳払いを先にすれば予告済みとみなされる」といった都市伝説が流布した。1939年には浅草の芝居小屋で、許可証偽造業者が一夜にして47枚を売りさばいた事件があり、これが制度への不信を決定的にしたとされる。
廃止とその後[編集]
戦後、GHQによる行政簡素化の一環として、1949年に「都市臭気取締規則」は廃止され、放屁許可証も姿を消した。ただし、京都の一部旅館や旧国鉄職員組合の間では、昭和30年代まで名残として自作の確認札が使われていたという。
現在では、制度そのものは存在しないものの、神奈川県の一部市民活動や演劇研究の文脈で「都市の呼吸を記録した奇妙な証票」として再評価が進んでいる。2021年には国立公文書館で保存されていた見本票12点が公開され、紙質分析から実際に換気孔近くで保管されていた痕跡が確認されたと発表された。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 渡辺精一郎『都市衛生と排気秩序』内務衛生研究会, 1909.
- ^ 佐伯はるみ『昭和前期における臭気行政の展開』東京学術出版社, 1987.
- ^ Margaret A. Thornton, "Permits for Social Emission: A Comparative Study", Journal of Urban Anthropology, Vol. 14, No. 2, pp. 88-113, 1974.
- ^ 黒田勇『放屁許可証の実務と運用』警視庁資料叢書, 1933.
- ^ 田所久美子『車内礼法としての排気管理』交通文化研究所, 1992.
- ^ Hiroshi Tanuma, "The Quiet Wind Doctrine in Modern Japan", East Asian Social History Review, Vol. 9, No. 1, pp. 21-49, 2001.
- ^ 『東京日日新聞』1932年6月14日朝刊「許可証所持率、都心で一八・六%」.
- ^ 小泉健三『臭規の制定過程と百貨店の対応』風俗史評論, 第7巻第4号, pp. 201-229, 1968.
- ^ Anabelle R. Cole, "Administrative Gas and Civic Order", Proceedings of the Institute for Contained Atmospheres, Vol. 3, pp. 5-19, 1958.
- ^ 宮本澄子『排気と礼法——近代都市の見えない作法』青葉書房, 2015.
外部リンク
- 国立公文書館デジタル見本票コレクション
- 都市風環境史研究会
- 東京衛生行政史アーカイブ
- 静音排気文化保存協会
- 内務衛生研究会資料室