飲酒性肩こり
| Name | 飲酒性肩こり |
|---|---|
| 分類 | 慢性神経筋症候群 |
| 病原体 | エタノール分解副産物(通称: 肩凝結アセトアルデヒド粒子) |
| 症状 | 肩部重圧感、頸部回旋制限、会食翌朝の左右非対称な張り |
| 治療法 | 水分補給、温罨法、低濃度推奨飲料への切替、肩甲骨体操 |
| 予防 | 空腹飲酒の回避、同席回数の制限、1時間ごとの姿勢再調整 |
| ICD-10 | M79.8-A |
飲酒性肩こり(いんしゅせいかたこり、英: Alcoholic Cervical Stiffness Syndrome)とは、に起因する慢性のである[1]。主として東京都港区の飲食店従業員や会食頻度の高い層にみられ、古くは昭和後期の文化とともに報告が増えたとされる[1]。
概要[編集]
飲酒性肩こりは、飲酒後に肩甲帯周囲の筋群が硬化したような感覚を呈し、頸部の可動域低下と鈍い圧迫痛を訴える症候群である。臨床上はの亢進との揺らぎが組み合わさって生じると考えられているが、実際には宴席での長時間同一姿勢、笑いをこらえる際の肩すくめ動作、ならびに「もう一杯」に伴う心理的緊張が重なることで顕在化するとされる[1]。
本症はよりもむしろとの境界領域で扱われてきた。特にの中規模居酒屋チェーンで、閉店後に従業員が肩を回しながら「今夜は三人に一人が出た」と回想した記録が残り、これが研究の端緒になったとされる[2]。なお一部の研究者は、実在の肩こりに飲酒習慣が上書きされた文化依存症候群であると指摘している。
症状[編集]
典型例では、飲酒開始から前後で肩上部の熱感、後頸部のつっぱり、肘を曲げたまま固定したくなる姿勢が現れる。患者は「肩に小石を載せられたようだ」「酔っているのに首だけ冷静である」などと表現し、鏡の前で左右の肩高差を確認する行動を示すことがある[3]。
重症例では、会話のたびに肩がわずかに上下し、グラスを置く動作の直後にの痙攣が起こることがあると報告されている。また、二次症状として翌朝の「謝罪姿勢固定」すなわち上司に対して頭を下げる動作が過剰に反復される現象が知られている。これらは要出典とされることが多いが、飲食店従業員組合の聞き取りでは比較的一貫していたという。
疫学[編集]
疫学調査では、の宴会習慣が強い地域で有病率が高く、2018年のによる準全国調査では、月4回以上の飲酒習慣を有する成人のうち推定が何らかの飲酒性肩こり経験を自覚していたとされる[4]。ただし、この数字には「肩が凝った気がする」程度の軽症例まで含まれており、厳密な診断基準を満たす症例は約にとどまる。
性差ではにやや多いが、近年は東京都心部のフリーランス層や、大阪市の立ち飲み文化圏でも増加傾向がある。特に会食後に地下鉄で帰宅する者は、つり革を握る際の固定姿勢により発症しやすいという仮説がある。研究班はまた、と「その日の幹事の圧」が発症率に関係すると報告しているが、後者の測定法は不明である。
歴史/語源[編集]
語源[編集]
「飲酒性肩こり」という語は、昭和58年に新宿の雑居ビル内にあったの懇親会で、研究員のが「飲んだ翌日は肩こりまで飲まれる」と発言したことに由来するとされる[5]。当初は冗談半分の内部用語であったが、翌月に配布された会報の脚注で正式な症候名として記載され、編集部が修正を忘れたことから定着した。
なお、英語名の Alcoholic Cervical Stiffness Syndrome は、にロンドンの姿勢医学誌『Posture & Pub』に掲載された翻訳論文で初めて用いられたが、原稿段階では "Hangover Shoulder" であったともいわれる。どちらの表記も後年のデータベースに収録され、結果として二重命名状態が生じた。
歴史[編集]
学術的関心が高まったのは、に神奈川県の三次救急病院で、救急外来の待合室に同じような訴えをする患者がに連続したことが契機である。担当医のは、全員が「前夜に上司と飲んだ」と答えたことから、アルコールそのものよりも会食時の精神的拘束が肩部症状を増幅させるのではないかと考えた[6]。
2000年代に入るとの委託事業として「飲酒関連姿勢障害実態調査」が開始され、の椅子の座面高、メニューの配置、箸袋の硬さまで測定対象となった。もっとも、最終報告書は肩こり対策よりも宴席マナー改善に紙幅を割き、症候群の医学的位置づけは半ば宙づりになったとされる。
予防[編集]
予防には、空腹時の連続飲酒を避けること、に一度は肩甲骨を寄せること、ならびに「乾杯後すぐに背もたれへ沈み込まない」ことが推奨されている。特にビールやを用いる場では、瓶や徳利を持つ手の交換を意識的に行うと、左右差の固定化が抑えられるとされる[7]。
また、会食文化の強い職場では、幹事が座席をごとに再編成する「席替え介入」が有効であると報告されている。ただし、これを行うと会話の流れが破綻しやすく、結果として肩こりは軽減しても人間関係のこわばりが増すという逆説がある。
検査[編集]
診断は問診と触診が中心であり、飲酒後の肩甲挙筋の圧痛、頸部回旋角度の低下、翌朝のグラス保持痕の有無が評価される。補助検査として、冷水を含ませたタオルを肩に当てた際の反応を見るが用いられることがある[8]。
研究機関によってはで筋膜の波打ちを観察する試みも行われたが、実際には「撮影者が先に飲んでしまう」ことで再現性が低下し、診断精度は著しく不安定であった。なお、では、患者に会計書を見せた瞬間だけ筋緊張が上がる現象が確認され、これは心理反応として別枠で扱われている。
治療[編集]
治療の第一選択は、と、および飲酒の中断である。軽症では肩をすくめてから一気に脱力する「三拍子体操」が有効とされ、5回で症状が半減したという院内観察がある[9]。
中等症以上では、鎮痛薬よりも姿勢指導が重視される。特にが実施する「宴会後の正座再教育」は、肩こりの再発率を低下させたとされるが、実施中に患者が反省会モードに入るため、心理的負担が増えるとの報告もある。なお、重篤例に対しては「翌日まで飲み会の話題を持ち越さない」ことが最も強力な治療であるとする異端的見解が、京都の私設研究会から提出されている。
脚注[編集]
[1] 岡部恒彦『飲酒性姿勢障害の臨床』東都医学出版社, 2003年.
[2] 佐伯美奈子「居酒屋文化と肩甲帯緊張」『日本臨床風土病誌』Vol. 12, No. 4, pp. 211-229, 1998年.
[3] H. S. Wainwright, "Perceived Stiffness After Social Drinking," Journal of Social Medicine, Vol. 7, No. 2, pp. 88-94, 2001.
[4] 日本肩帯症候群学会編『全国飲酒関連肩こり実態調査報告書 2018』学会事務局, 2019年.
[5] 三枝孝一「肩こりは飲めばわかる」『東京臨床姿勢研究会会報』第8巻第1号, pp. 3-11, 1983年.
[6] 木村澄夫『夜勤と宴席のあいだ』相模医療新書, 1995年.
[7] M. A. Thornton and Y. Kanda, "Preventive Seat Rotation in High-Frequency Dining Groups," Posture & Pub, Vol. 14, No. 1, pp. 1-17, 2009.
[8] 大阪医科飲酒姿勢センター「即時冷却試験の再評価」『関西身体負荷学雑誌』第19巻第3号, pp. 144-160, 2016年.
[9] 斎藤順一『三拍子体操のすべて』港北リハビリ出版, 2011年.
[10] R. Delacroix, "A Curious Syndrome of the Drinking Shoulder," The Lancet and Posture, Vol. 2, No. 9, pp. 401-406, 1988年.
脚注
- ^ 岡部恒彦『飲酒性姿勢障害の臨床』東都医学出版社, 2003年.
- ^ 佐伯美奈子「居酒屋文化と肩甲帯緊張」『日本臨床風土病誌』Vol. 12, No. 4, pp. 211-229, 1998年.
- ^ H. S. Wainwright, "Perceived Stiffness After Social Drinking," Journal of Social Medicine, Vol. 7, No. 2, pp. 88-94, 2001.
- ^ 日本肩帯症候群学会編『全国飲酒関連肩こり実態調査報告書 2018』学会事務局, 2019年.
- ^ 三枝孝一「肩こりは飲めばわかる」『東京臨床姿勢研究会会報』第8巻第1号, pp. 3-11, 1983年.
- ^ 木村澄夫『夜勤と宴席のあいだ』相模医療新書, 1995年.
- ^ M. A. Thornton and Y. Kanda, "Preventive Seat Rotation in High-Frequency Dining Groups," Posture & Pub, Vol. 14, No. 1, pp. 1-17, 2009.
- ^ 大阪医科飲酒姿勢センター「即時冷却試験の再評価」『関西身体負荷学雑誌』第19巻第3号, pp. 144-160, 2016年.
- ^ 斎藤順一『三拍子体操のすべて』港北リハビリ出版, 2011年.
- ^ R. Delacroix, "A Curious Syndrome of the Drinking Shoulder," The Lancet and Posture, Vol. 2, No. 9, pp. 401-406, 1988年.
外部リンク
- 日本肩帯症候群学会
- 東京臨床姿勢研究会
- 関西身体負荷学雑誌
- Posture & Pub Archive
- 港北リハビリ出版デジタル目録