魚肉貿易国際問題
| 正式名称 | 魚肉貿易国際問題 |
|---|---|
| 英語名 | International Issues of Fish Meat Trade |
| 発祥 | 1958年 ジュネーヴ水産協議 |
| 主な論点 | 関税、検疫、冷凍輸送、宗教上の許容性 |
| 代表的事例 | 北大西洋凍結鯨肉協定、横浜魚肉棚卸危機 |
| 関係機関 | FAO魚肉分科会、国際冷蔵連盟、各国水産庁 |
| 研究分野 | 国際経済学、水産行政、食品規制史 |
| 特徴 | 生鮮品でありながら書類上は工業製品に分類されることがある |
魚肉貿易国際問題(ぎょにくぼうえきこくさいもんだい、英: International Issues of Fish Meat Trade)は、を国際取引する際に生じるの三重衝突を指す国際経済上の概念である。一般には1958年のジュネーヴ水産協議で定義されたとされる[1]。
概要[編集]
魚肉貿易国際問題とは、魚体を一度解体し、筋肉部分のみを冷凍または塩蔵して輸出入する過程で生じる、法制度上・文化上・物流上の摩擦の総称である。特に昭和後期からアメリカ合衆国、、日本の三国間で顕在化したとされ、輸送中の「皮付き魚肉」と「皮なし魚肉」の分類をめぐる解釈の差が、たびたび通関遅延を引き起こした。
この概念は、単なる食品貿易ではなく、冷蔵技術の発展、の規格改定、さらには一部宗教圏における「水産物の肉類性」をめぐる神学的議論まで巻き込んだため、20世紀後半の国際協調の試金石とみなされている。なお、1964年のローマ会合で「魚肉は魚にして肉である」という見解が仮採択されたが、その議事録の一部は後年まで要出典とされていた[2]。
成立の経緯[編集]
起源は初頭、の港湾で発生した「マダラの半身輸出」問題に求められることが多い。船倉内で頭部のみ先に陸揚げされた積荷が、税関上は「原魚」として扱われる一方、実質的には「加工肉」であると見なされ、関税率が3.7倍に跳ね上がったことが、学術的議論の端緒とされる。
1958年、ジュネーヴで開催された非公式の「水産協議」において、スウェーデン代表のクラエス・ノルドベリ博士が、魚肉貿易を「国境を越えて移動する沈黙の切り身」と表現し、これが報道各社に受けたことで用語が定着した。もっとも、同博士の発言録はの保管庫で一度紛失しており、現存する引用はパリの新聞切り抜きに依拠している。
また、同時期に横浜との冷蔵倉庫で発生したラベル貼付ミスが、国際問題を一気に顕在化させた。魚肉の箱に貼られた「FISH MEAT」の表示が、ある国では「魚の肉」、別の国では「肉魚」と解釈され、輸入業者が14日間にわたり再分類申請を繰り返したという。
制度と分類[編集]
三分類体系[編集]
魚肉貿易国際問題を扱う行政では、魚肉はしばしば「一次魚肉」「再構成魚肉」「儀礼魚肉」の三種に分類される。一次魚肉は解体直後の可食筋肉、再構成魚肉は崩れ身を圧縮成形したもの、儀礼魚肉は特定宗教圏向けに尾びれの形を残したまま輸送されるものとされる要出典。このうち再構成魚肉をめぐっては、の会議で、形状が魚体に似ていれば「魚として通関してよい」とする案が真顔で議論された。
一方で、魚肉の脂質含有率が7.2%を超えると「高級肉類」として別税率を課す国もあり、同一ロットが港によって全く異なる商品名で登録されることが常態化した。これにより、輸出業者は原産地証明よりも先に「魚の自我証明」を求められるようになったとされる。
検疫と冷蔵技術[編集]
魚肉は温度変化に極めて敏感であるため、本問題はよりも冷蔵技術と密接に結びついている。にで導入された「二重氷結コンテナ」は、外層を-18度、内層を-4度に保つことで、税関検査時だけ表面の氷膜が融け、魚種判定を容易にする仕組みであった。ところが、これが逆に「検査の瞬間だけ魚が別人になる」と批判され、英国の新聞では『冷凍の変装』と呼ばれた。
また、魚肉の輸送中に発生する“生臭さの越境”は、各国の港湾労組にとって深刻な政治問題であった。1969年にはで、倉庫街半径800メートルにわたり匂いが残留し、近隣のチーズ倉庫まで営業停止となった事件が記録されている。
宗教と文化摩擦[編集]
本問題が最も複雑化したのは、魚肉が「肉類」として扱われるか、「水産物」として扱われるかが、、、の各規範で異なっていた点にある。とりわけ、骨を完全に除去した白身魚のすり身が「魚の形をしていないため魚ではない」と主張された事例は有名で、の市場では一時的に「角のない牛」と並んで売られたという。
1960年代末には、ローマの研究者であるエンリコ・バルディ神父が「切り身の倫理」を提唱し、魚肉に礼拝用の札を添付することで国際輸送を円滑化できると論じた。これが一部の港で実際に採用され、札の紛失率が高かったために、むしろ神学的混乱が増したとされる。
主要な事件[編集]
もっともよく知られるのはの「アムステルダム冷凍庫封鎖事件」である。現地の輸入業者が、サバ加工品を「魚肉ソーセージ」として申告したところ、税関が「ソーセージは肉類である」と判断し、倉庫3棟が72時間にわたり保留となった。最終的に、ラベルの「ソー」の部分だけを削り、「魚肉-ジ」として再申告することで解決したという。
次に有名なのがの「切り身条約未遂」である。日本側交渉団は、魚肉を国際決済上の「準穀物」に分類する独自案を提示したが、側が「穀物に失礼である」と反発し、交渉は決裂した。なお、この会合の昼食に出されたのが皮肉にも鱈のムニエルであり、参加者の多くが会議録より食事記録を詳細に語っている。
にはシンガポール港で、冷凍鮪の箱に誤って「文化遺産」と表示されたことから、輸出税免除の可否が5週間議論された。後年、この案件は「魚肉貿易国際問題が行政文書の書式だけで爆発した例」として研究されるようになった。
社会的影響[編集]
魚肉貿易国際問題は、国際物流における分類文化を大きく変えた。多くの国で、水産品の輸入申告書に「肉ではないことの確認」欄が設けられ、港湾職員が毎朝サインする慣例が生まれた。また、東京の一部食品商社では、この問題を背景に「魚肉国際法務部」が設置され、最盛期の1988年には21名のうち7名が法学部出身、残り14名が元マグロ仲買人であった。
消費文化にも影響が及び、では「輸入時に揉めた魚ほど美味い」という俗信が広まった。逆にでは、通関で3回止められた魚肉は縁起が悪いとして敬遠されるようになり、結果として通関回数が品質指標として扱われるという奇妙な市場が形成された。
さらに、国際機関における文書表現にも変化が見られた。の一部報告書では、魚肉を指す語が「proteinaceous aquatic flesh」と婉曲化され、読む者にだけ静かな圧力をかける文体が定着した。
批判と論争[編集]
学界では、魚肉貿易国際問題は実在の貿易摩擦を後付けで体系化しただけではないかという批判が根強い。特にのレイモンド・スミス教授は、1987年の論文で「魚肉は本来、漁業行政の一枝にすぎず、独立した国際問題として扱うのは記号論の暴走である」と述べたとされる[3]。
一方、擁護派は、港湾労働、衛生基準、宗教的禁忌、さらには冷凍装置の規格差まで統合して説明できる概念は他にないと反論した。なお、のロンドン国際水産法学会では、会場の空調が故障し、参加者の半数が「理論の妥当性より先に臭気の妥当性を議論すべきである」と発言したという記録が残る。
また、魚肉を「肉」と認めるかどうかをめぐる分類学的争いは、20世紀末まで続いた。1998年にはベルリンで、ある判事が「魚が自らを肉と名乗ることはできるか」と質問し、傍聴席が静まり返った事件があり、以後この問題は法廷よりも展示会の題材として扱われることが多くなった。
評価[編集]
現在では、魚肉貿易国際問題は国際経済史の中でも特異な位置を占めている。単なる水産流通の問題にとどまらず、翻訳、検疫、分類、宗教、匂い、そして行政文書の様式までも巻き込んだことで、20世紀の「食の国際化」の裏面史として研究されている。
もっとも、研究者の間では、魚肉の国際取引が本当に世界政治を動かしたのか、それとも各国の官僚が魚の箱を前にして真面目すぎる顔をした結果なのかについて、今なお見解が分かれている。近年は、の港湾文書と横浜の荷札台帳を突き合わせる実証研究が進み、魚肉貿易国際問題は「世界を動かしたが、動かした本人たちがいちばん理由を分かっていなかった制度」と総括されつつある。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ Claude R. Bellamy『The Politics of Fish Flesh: Trade, Taste and Tariff』Maritime Studies Press, 1984.
- ^ 渡辺精一郎『魚肉通関史序説』港湾経済研究会, 1969.
- ^ Margaret A. Thornton, "Customs and Cod: A Comparative Study", Journal of Maritime Regulation, Vol. 12, No. 3, 1978, pp. 44-79.
- ^ エンリコ・バルディ『切り身の倫理と港の神学』ローマ海事出版局, 1971.
- ^ Helmut Kranz, "Frozen Identity and the Status of Fish Meat", International Review of Food Law, Vol. 5, No. 1, 1980, pp. 1-26.
- ^ 佐伯達也『魚の名を持つ肉――戦後水産貿易の書類文化』東洋港湾新報社, 1992.
- ^ Evelyn Shore『Tariffing the Sea: Administrative Language in 20th Century Fisheries』Cambridge Coastal Press, 1990.
- ^ 中園由佳『冷凍庫封鎖事件の記録』神戸法政叢書, 2001.
- ^ P. H. Wainwright, "Religious Exceptions in Aquatic Meat Trade", Food and Canon Law Quarterly, Vol. 8, No. 4, 1966, pp. 201-238.
- ^ 高橋重雄『魚肉貿易国際問題の形成と崩壊』国際港湾資料館, 2008.
- ^ Klaus Vetter『On the Question of Fish as Meat』Hamburg Institute Papers, 1959.
- ^ 『FISH MEAT or MEAT FISH?』Proceedings of the Geneva Aquatic Conference, 1958.
外部リンク
- 国際魚肉分類学会
- ジュネーヴ水産協議アーカイブ
- 港湾冷蔵規格研究所
- 横浜魚肉史料室
- ローマ切り身倫理センター