A¥バター
| 名称 | A¥バター |
|---|---|
| 読み | えーやばたー |
| 英語名 | A¥ Butter |
| 分類 | 保存性乳脂肪食品 |
| 起源 | 1920年代・大阪府 |
| 主な流通 | 百貨店、駅売店、輸出向け土産 |
| 代表的規格 | A-12型、A-24型 |
| 保管目安 | 未開封で18か月 |
| 関連機関 | 日本保存食工業会 |
A¥バター(えーやばたー)は、の大阪府で始まったとされる、金属箔と乳脂肪を併用して作られる保存性食品である。通貨記号のを製品名に含む点で知られ、戦後は東京都の百貨店文化と結びついて普及した[1]。
概要[編集]
A¥バターは、乳脂肪を塩析し、薄い金属箔で二重包装した保存性食品である。大阪府堺市の菓子問屋で考案されたとされ、当初は船便輸送に耐える贈答品として販売された。
名称中のは、単なる記号ではなく「よく伸びる」「よく冷える」という製造現場の符丁を視覚化したものと説明されることがある。もっとも、後年になって円マークとの混同を避けるため、国内流通版ではロゴの角度を3度傾ける規定が設けられた[2]。
歴史[編集]
創成期[編集]
起源は大正末期のにあった小規模乳製品商「三栄舎」に求められる。同店の技師であった渡辺精一郎は、夏季でも融けにくい油脂配合を研究しており、に試作品A-1を完成させたとされる。A-1は銀紙の折り返し部分が多すぎて1個あたり包装時間が27秒もかかり、商用化は見送られた。
しかしの展示会で偶然試食した百貨店バイヤーが「見た目が硬派で、しかし口当たりがやわらかい」と評価し、以後A¥バターの名称が採用されたという。なお、当時の記録には「Aは等級、¥は配送許可の略」とする注記が残るが、後年の研究ではこの注記自体が販促係の筆跡であることが指摘されている。
戦後の普及[編集]
、の物資統制下においてA¥バターは「高密封乳脂肪製品」として再分類され、経由の試験輸出が行われた。これが成功したことで、銀座の喫茶店や新宿のデパート食堂において、薄切りトースト専用の高級付け合わせとして広まった。
特にの『全国駅弁・洋食保存品調査』では、A¥バターを添えた朝食が「列車内でも香りが立ちすぎない」という理由で高評価を受け、以後東海道本線沿線の売店に急速に定着したとされる。年間生産量は時点で約に達し、うち3割が土産用木箱入りであった。
規格化と改良[編集]
、農林水産省の外郭団体とされたは、A¥バターの水分率、塩分率、包装層数を細かく定めたA-12規格を公布した。これにより、表面の光沢を「やや鈍い真珠色」とすること、断面に2本以上の気泡筋があるものを上級品とすることが義務づけられた。
一方で、過度に厳格な規格化は地方の小規模メーカーを圧迫したとの批判もあり、の製造組合では、金箔に似た紙を使った簡易版「A¥ライト」が流通した。A¥ライトは味よりも「棚に置いたときの静けさ」が評価され、のちに宗教施設向けの献納品としても使われたという[要出典]。
製法[編集]
A¥バターは、主に北海道産の原料乳を低温熟成させた後、石臼に似た回転槽で19分間攪拌し、最後に産の海塩を極少量加えて固めるとされる。製造所によっては、攪拌時に大阪市中央卸売市場で録音された市場アナウンスを流し、脂肪球の均質化を促すという。
包装工程では、内側に硫酸紙、外側にアルミ箔、さらに角を補強するための和紙帯が用いられる。1960年代の高級品では、箱を開けた瞬間に微かな金属音が鳴るよう、箔の折り返し角度を1.7度に固定していたことが知られている。職人の間ではこの角度を「A角」と呼び、熟練者は目視だけで誤差0.2度以内に収めたという。
社会的影響[編集]
A¥バターは、単なる食品を超えて「持ち運べる上品さ」の象徴として消費された。東京の百貨店では、包装紙の色で階層を分けた売場構成が取られ、A¥バターの箱を持つこと自体が都市的洗練を示す行為とみなされた。
また、の開催期には、外国人記者向けの朝食にA¥バターがしばしば提供され、英語圏の記者が発音できずに「エイ・イエン・バター」と記したことから、海外市場では一時的にA-Y Butterの表記も併用された。これにより、輸出カタログ上の記号使用が各国の商標法に抵触するかどうかをめぐり、内で半年にわたる検討が行われたとされる。
なお、A¥バターが「溶けにくいのに、机の上に置くと心だけ先に溶ける」と宣伝された広告文は、1958年の新聞広告大賞を受賞したが、審査員の一人が本品を「ほぼ真面目なバター風の文学」と評した逸話が残る。
批判と論争[編集]
A¥バターには、保存性を高めるための工程が過剰であり、結果として「本来の乳の香りが記号に置き換えられた」とする批判がある。特にの食文化評論誌『台所と制度』は、A¥バターを「味覚の工業規格化が生んだ最も完成された記号商品」と評し、論争を呼んだ。
また、名称中のが為替・金融を想起させることから、後半には「家庭向け食品としては威圧的である」との意見もあった。これに対してメーカー側は、¥は価格ではなく「層の接合点」を示す内部記号であると説明したが、説明パンフレットに掲載された断面図があまりに貨幣に似ていたため、かえって疑念を深めたとされる。
さらに、一部の愛好家の間では、A¥バターを室温で7分放置した際に生じる微細な油膜を「金環現象」と呼び、これが本来の食べ方であると主張する派閥まで現れた。これについてはが「観察は自由だが推奨はしない」との見解を示した。
派生品[編集]
A¥バター・ライト[編集]
前述の通り、地方流通向けに軽量化された製品である。箱の厚みが半分、価格は7割という設計であったが、なぜか売場では本家よりも静かに高級に見えるため、旅館の朝食用として人気を得た。とくに長野県の旧別荘地では、来客が「これはバターなのか、家具なのか」と尋ねた記録がある。
A¥バター・ロイヤル[編集]
に京都府の限定土産として発売された高級版で、外装に薄い金箔風の紙を用いたことから、箱の方が本体より重いと話題になった。1日あたり12箱しか生産されず、抽選販売に応募するためにまで早朝から並ぶ客が出たという。
脚注[編集]
脚注
- ^ 渡辺精一郎『包装乳脂肪食品の再設計』日本保存食工業会出版部, 1931年.
- ^ 三栄舎商品史編纂委員会『A¥バター三十年史』大阪中央図書, 1961年.
- ^ Margaret L. Henshaw, "Encased Dairy Fats in Postwar Japan", Journal of Food Commodities, Vol. 18, No. 4, 1974, pp. 201-229.
- ^ 田宮良作『銀座百貨店と保存性乳製品』東洋流通研究社, 1978年.
- ^ Christopher W. Hale, "The Yen-Mark Problem in Japanese Dairy Branding", Asian Trade Review, Vol. 7, No. 2, 1981, pp. 33-58.
- ^ 日本保存食工業会編『A-12規格解説書』工業衛生社, 1969年.
- ^ 小林みさを『駅弁文化と朝食用バターの変遷』交通食文化叢書, 1987年.
- ^ “A¥ Butter and the Aesthetic of Carryable Luxury”, Food & Memory Quarterly, Vol. 12, No. 1, 1992, pp. 5-18.
- ^ 高瀬一郎『断面図が貨幣に似る食品の社会史』南風堂, 2004年.
- ^ Eleanor J. Pike, "A Commodity Named Like a Currency", International Journal of Culinary Semiotics, Vol. 3, No. 3, 2011, pp. 77-96.
外部リンク
- 日本保存食工業会アーカイブ
- A¥バター資料館
- 関西包装食文化研究センター
- 銀座食卓史データベース
- 近代土産品年表