すわりん
| 名称 | すわりん |
|---|---|
| 分類 | 姿勢規範・生活技法 |
| 起源 | 大正末期の東京下町 |
| 提唱者 | 西園寺 兼松、田所 みね子 |
| 中心機関 | 日本坐姿研究会 |
| 主な用途 | 座位矯正、礼法訓練、会議疲労軽減 |
| 流行期 | 1958年頃〜1970年代前半 |
| 象徴色 | 鼠色と薄緑 |
| 標語 | 座れば分かる、分かれば直る |
すわりんは、やに対する着座姿勢を微細に制御するために用いられた、日本発祥の姿勢規範体系である。近代以降は東京都を中心に普及し、座り方そのものを評価対象とする文化として知られている[1]。
概要[編集]
すわりんとは、座位を単なる休息ではなく、身体・礼節・生産性の交点として扱う生活技法である。とくに昭和初期から港区の事務職やの出版社関係者のあいだで、長時間着座による疲労と無作法を同時に抑える手段として広まったとされる[2]。
名称は「座る」に幼児語風の接尾辞を付けたものとも、の農家で使われた「すわり」型の竹編み具に由来するとも言われ、起源については諸説ある。もっとも有力なのは、に浅草の寄席で行われた座布団の改良実験を契機に、民間の姿勢研究家が定式化したという説である[3]。
歴史[編集]
成立期[編集]
すわりんの原型は、大正末期にの呉服商・西園寺 兼松が、番頭たちの腰痛対策として導入した「三拍子座法」に求められる。西園寺は当初、京都の寺院で見た正座の所作を参考にしたが、長時間業務に向かないとして、膝の角度を7度だけ逃がす独自の座り方を考案したとされる[4]。
には、女学校教員の田所 みね子がこの方法を改良し、背筋の伸び方を3段階で評価する「背柱点検表」を作成した。これが事実上の標準様式となり、文部省系の研究会誌に「家庭内静坐の新潮」として掲載されたことが、初期普及の大きな契機になったといわれる。なお、同誌の掲載号には同じ写真が左右反転で2度使われていたという指摘がある[5]。
技法[編集]
すわりんの基本は、骨盤を立てることではなく「気配を先に座らせる」点にあると説明される。実践者は、椅子に触れる直前に一度だけ息を止め、肩甲骨の左右差を意識してから腰掛けることで、座位の乱れを最小化するとされた[8]。
標準手順は全6工程で、第一工程を「接地」、第二工程を「受容」、第三工程を「微笑」、第四工程を「沈降」、第五工程を「黙考」、第六工程を「解放」と呼ぶ。なかでも第四工程の沈降では、両膝を完全に閉じるのではなく、名刺1枚分の余白を残すことが重要とされ、銀座の教室ではこの幅を定規で測る癖があったという。
一方で、すわりんには流派差もあり、関西系では腰を深く預ける「どっしり派」、東京系では背筋を保ったまま微動だにしない「静圧派」が主流であった。両派の論争はの『坐姿季報』第14号で頂点に達し、編集部が「座るとは何か」を社説で問いかけたことで終息したとされる。
社会的影響[編集]
すわりんは単なる姿勢法にとどまらず、会議文化、接客作法、学校教育にまで影響を及ぼした。のでは、応接室に「すわりん適性ランプ」が導入され、来客が椅子に沈み込む速度で商談の成否を予測する試みが行われた。
教育面では、愛知県の一部小学校で「朝のすわりん点検」が行われ、児童が椅子に座ったまま手を挙げる速度を競うという、半ば運動会に近い行事が存在したとされる。これにより集中力が上がったという報告がある一方、授業開始から5分で全員が静かすぎて教師が見回りを忘れた、という逸話も残っている。
また、家庭用家具業界にも波及し、にはではなく架空の老舗メーカー「大倉座具製作所」が、すわりん対応椅子を年間18,400脚出荷したと広告していた。もっとも、同社のカタログには同じ椅子の写真が4脚分しか掲載されておらず、注文票の端数処理が非常に雑であったことが、後年の研究で明らかになっている。
批判と論争[編集]
すわりんに対しては、早い段階から「姿勢を道徳化しすぎている」との批判があった。とくにの早稲田大学公開討論会では、社会学者の北条 恒一が「座り方を正すことは、思考まで正すと言い換える危険がある」と発言し、会場が30秒ほど静まり返った後、なぜか拍手が起きたという。
また、すわりん認定席の審査基準が不透明であったことから、と研究会のあいだで摩擦も生じた。ある店舗では、審査員が背もたれを軽く押しただけで「弾力過多」と判定し、不合格になったという記録がある[9]。ただし、この判定書の署名欄には審査員名ではなく「良き座りのために」とだけ記されており、真正性は確証されていない。
さらに、1991年に刊行された『現代座位文化批評』は、すわりんが実質的に中高年男性の会議支配を正当化したと論じた。これに対し研究会側は、反論文で「座は性別を超える」と記したが、文末に付された注記がなぜか全12ページに及び、かえって議論を長引かせた。
派生文化[編集]
すわりんからは、いくつかの派生文化が生まれた。その一つがでの長時間滞在を礼賛する「居座りん」であり、東京の学生街で自然発生したとされる。もう一つは、立ったまま会話の間だけ座位の気配を保つ「空座りん」で、接客業のマナー講習で流行した。
とりわけ興味深いのは、ごろ名古屋で広まった「逆すわりん」である。これは椅子に背を向けて腰掛けることで、上司との距離感を視覚的に保つという半ば抗議的な作法で、実際には会議室の椅子を毎回90度回す手間のほうが大きかったとされる。
なお、インターネット上では「すわりん講座」と称する動画が散見されるが、その多くはやの映像に字幕だけを載せたものである。にもかかわらず、再生数が12万回を超えた動画が複数あり、座り方への関心の根強さを示している。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 西園寺兼松『三拍子座法の研究』日本坐姿研究会出版部, 1932年.
- ^ 田所みね子『家庭内静坐の新潮』文部省生活改善叢書, 1934年.
- ^ 北条恒一「座位と規範意識」『社会文化評論』Vol. 8, No. 2, pp. 41-58, 1960.
- ^ Y. Nakamoto, “The Semi-Formal Sitting Posture Movement in Postwar Tokyo,” Journal of Japanese Lifestyle Studies, Vol. 12, No. 4, pp. 201-223, 1971.
- ^ 鈴木節子『すわりん実践手引』東都出版社, 1959年.
- ^ Margaret A. Thornton, “Chair Angles and Civic Morality in East Asia,” International Review of Applied Posture, Vol. 3, No. 1, pp. 9-27, 1984.
- ^ 『坐姿季報』第14号、日本坐姿研究会, 1962年.
- ^ 高見沢進『現代座位文化批評』青林書院, 1991年.
- ^ 大倉座具製作所編『認定席カタログ 1965』大倉座具製作所, 1965年.
- ^ 森野あや『オンラインすわりん入門』港湾ライフ出版, 2022年.
- ^ John P. Ellison, “An Empirical Study of Remaining Seated for Too Long,” Ergonomics and Civility Quarterly, Vol. 5, No. 7, pp. 77-79, 1987.
外部リンク
- 日本坐姿研究会アーカイブ
- 坐姿季報デジタル版
- 大倉座具製作所資料室
- 現代座位文化フォーラム
- オンラインすわりん講座