東大落ち早稲田貫通MARCH
| 名称 | 東大落ち早稲田貫通MARCH |
|---|---|
| 別名 | 東大貫通、早稲田スキップMARCH、貫通進学 |
| 分類 | 大学受験・進路選択の俗語 |
| 成立時期 | 1988年ごろ |
| 発祥地 | 東京都文京区・新宿区周辺の予備校街 |
| 主な使用層 | 受験生、予備校講師、進学系匿名掲示板 |
| 関連組織 | 大手予備校連絡協議会、首都圏進学動線研究会 |
| 象徴的数値 | 偏差値62.5前後で発生しやすいとされる |
| 特徴 | 東大志望の挫折を否定的に捉えず、学歴移動を通過儀礼化する |
東大落ち早稲田貫通MARCH(とうだいおちわせだかんつうマーチ)は、日本の圏において、東京大学受験に失敗した者が早稲田大学を経由せず、その学力・人脈・自己評価を維持したままMARCH帯へ滑らかに到達する現象、またはそのための進路設計を指す俗語である[1]。1980年代末に界隈で使われ始めたとされ、のちに進学相談掲示板を通じて一般化した[2]。
概要[編集]
東大落ち早稲田貫通MARCHは、東京大学を第一志望に据えた受験生が、早稲田大学をあえて経由せず、MARCHと総称される中堅上位私大群へ進むことを、半ば自虐的に、半ば戦略的に表現した言葉である。名称に含まれる「貫通」は、かつての進学塾で使われた「志望校を突き抜けて安全圏まで落とす」という比喩に由来するとされる[3]。
この語は単なる進学結果を指すだけでなく、河合塾や駿台予備学校の模試成績、併願設計、保護者面談、そしてSNS上の自己演出までを含む一連の文化現象として扱われることがある。とくに2000年代後半以降は、合格通知の有無よりも「どこで折れずにMARCHへ着地したか」が話題化し、受験コミュニティの一種の通過儀礼になったと指摘されている[4]。
歴史[編集]
予備校街での発生[編集]
起源は1988年夏、の小規模進学塾「首都圏学力動線研究所」に在籍していた講師のが、模試判定の乱高下する生徒を評して用いた「東大は落ちても、早稲田で止まらずMARCHまで貫通する奴がいる」という講評にあるとされる[5]。当初は完全に講師内の冗談であったが、翌年の保護者説明会で「貫通型」とだけ書かれた配布資料が出回り、語の輪郭が急速に固まった。
1992年には、新宿の大手予備校で配布された合格実績速報に「東大落ち→早稲田回避→MARCH着地」という異例の注記が付され、これを見た受験生たちが自嘲的に再利用したことで、言い回しが定着したという。なお、この注記は当時の編集担当者がデータ処理を誤り、実際には「併願不成立」と書く予定だったものを、なぜかより詩的な表現に差し替えた結果であるとされる[要出典]。
掲示板文化との結合[編集]
2000年代に入ると、2ちゃんねる系掲示板および受験匿名掲示板の影響で、東大落ち早稲田貫通MARCHは個人の進学結果ではなく、ID単位の人格や生活圏まで含む自己説明語になった。とくにからにかけては、「東大落ち早稲田止まり」との対比で、MARCH着地組が「浪人で粘るより機動力がある」として半ば肯定的に扱われた。
この時期、明治大学と中央大学のキャンパス周辺では、合格発表日の帰りに撮影された「貫通記念写真」が流行し、角帽の代わりにを持つポーズが定番化した。とくに付近の書店では、受験雑誌の付録として「貫通チェック表」が付けられた号があり、販売部数が通常号の1.8倍に達したとされる[6]。
制度化と拡張[編集]
2014年ごろには、進路指導の現場で「貫通」は一時的に専門用語化し、模試の判定だけでなく、学部の色、通学時間、家計負担、就職動線までを含めて評価する概念として扱われた。ある都内の進学塾では、東大判定がDからEに下がった場合に、保険としてMARCH群の学部を縦断的に受ける設計を「貫通カーブ」と呼び、受験生30名のうち22名が最終的にこの経路を選んだという。
また、には文京区の学習塾連合が「東大落ち早稲田貫通MARCH研究会」を設け、模試偏差値・併願校・メンタル推移を追跡したが、分析報告書の結論は「貫通は学力ではなく気概である」とだけ書かれており、学術性に対してやや物議を醸した[7]。
定義と使用法[編集]
一般には、東大落ち早稲田貫通MARCHとは「東大受験で不合格となったのち、早稲田大学を含む上位私大のいずれかへ進むことなく、MARCH帯に進学すること」を指す。ただし、実際の使用では、出願校の構成よりも本人の自己認識が重視される傾向があり、早稲田を併願していても「心理的に通過していない」とみなされる場合がある。
用例としては、「今年のゼミ、東大落ち貫通MARCHが3人いる」「あの人は貫通力が高い」などが知られる。これは本来、失敗の軽視を目的とした語ではなく、むしろ受験生が自分の進路を悲壮感だけで語らないための共同体的ユーモアとして生まれたとする説が有力である[8]。
社会的影響[編集]
この語の普及は、首都圏の進学序列の語り方に少なからず影響を与えた。従来は「東大か早稲田か」という二分法で語られがちであったが、東大落ち早稲田貫通MARCHの流行により、受験の失敗は一度の敗北ではなく、経路最適化の問題として再解釈されるようになったのである。
また、保護者世代にとっては理解しづらい比喩である一方、受験生同士の間では「貫通」という語感が妙に前向きで、落ち込みを緩和する効果があるとされる。都内のメンタルケア講座では、2021年時点で受験相談件数の約14%が「東大志望の挫折後の進路言語化」に関するものであったというが、これは集計方法がかなり独特であるため、数値の正確性には留保が必要である[要出典]。
批判と論争[編集]
一方で、この表現は受験の敗北をネタ化しすぎるとして批判されることもある。早稲田大学関係者の一部からは「本学を通過点のように扱うのは不適切である」との声が上がり、進学情報誌『週刊進学動線』の座談会でも議論になった[9]。ただし、当事者の多くはむしろこの語を自虐的な連帯の表現として受け取っており、深刻な対立には発展していない。
また、MARCHという括り自体の曖昧さが問題視されることがある。とくに立教大学と青山学院大学のどちらを先に置くかで「貫通の方向が変わる」という都市伝説まで生まれ、受験生の間で経路の美学が語られるようになった。なお、の一部予備校パンフレットでは、この語を「進学のひとつの比喩」として穏当に紹介したが、脚注だけが異様に長く、ほぼ全ページを占めていた。
類似表現[編集]
東大落ち早稲田貫通MARCHには、近縁の表現として「東大落ち上智止まり」「京大落ち関関同立横断」「一橋落ち専修直行」などがある。いずれも受験結果を直線ではなく動線として捉える点で共通しているが、「貫通」はその中でも特に勢いがあり、笑いに変換しやすいとされる。
とりわけMARCHの各大学名を順に読むと、受験動線が新幹線の駅名のように感じられることから、地方出身の受験生のあいだでは「東京へ抜ける感じがする」と好意的に解釈されることがある。もっとも、これは進路指導上の比喩としては極めて危うく、実際には出願戦略や学部適性を無視した単純化であるとの批判もある。
脚注[編集]
脚注
- ^ 真鍋俊一『首都圏受験語彙史研究』進学文化新書, 1996年.
- ^ 大槻美佐子「東大志望層の進路自己認識に関する一考察」『受験社会学年報』第12巻第3号, 2008年, pp. 44-61.
- ^ Takayama, Neil. “Route Selection among Elite Aspirants in Tokyo.” Journal of Japanese Educational Pathways, Vol. 7, No. 2, 2011, pp. 88-103.
- ^ 首都圏進学動線研究会編『貫通型受験生の行動様式』駿河台出版, 2015年.
- ^ 石原弘樹「合格実績速報における比喩表現の発生」『教育メディア論集』第9巻第1号, 2001年, pp. 12-29.
- ^ Margaret L. Thornton. “Self-Deprecation as Academic Capital.” Cambridge Studies in Social Humor, Vol. 3, 2018, pp. 201-219.
- ^ 文京区学習塾連合『東大落ち早稲田貫通MARCH研究報告書』内部資料, 2019年.
- ^ 渡辺精一郎『受験ことば辞典 増補版』日本進路出版社, 2007年.
- ^ 『週刊進学動線』編集部「貫通という言葉の危うさ」第18巻第7号, 2022年, pp. 5-9.
- ^ 西園寺千景『MARCHの社会史』青山文庫, 2020年.
- ^ Harper, Edwin J. “The Sociology of Failed First Choices.” The Review of East Asian Education, Vol. 15, No. 4, 2023, pp. 17-41.
外部リンク
- 首都圏進学動線研究会
- 受験語彙アーカイブ
- 進路比喩資料館
- 東大落ち文化保存委員会
- 匿名掲示板受験史料室