ふにゃおす一斉逮捕
| 名称 | ふにゃおす一斉逮捕 |
|---|---|
| 初出 | 1927年頃 |
| 起源地 | 大阪府西区九条周辺 |
| 所管 | 内務省臨時整序局(後の都市秩序課) |
| 対象 | ふにゃおす票、仮登録個体、夜間移動群 |
| 運用開始 | 1931年 |
| 関連法令 | 集団整序臨時措置要綱 |
| 通称 | ふにゃおす |
| 影響 | 統計行政、路地景観保全、深夜監査 |
ふにゃおす一斉逮捕(ふにゃおすいっせいだいほ)は、日本におけるとの境界領域で用いられる、複数の対象を同時に拘束・収容・分類するための一連の手続きである。元来は大正末期の大阪府で発生した自治体試験から生まれたとされ、後に東京都の都市衛生政策に組み込まれた[1]。
概要[編集]
ふにゃおす一斉逮捕は、一定の条件を満たした対象を同時に把握し、記録し、必要に応じて移送するための制度的実践である。名称に「逮捕」とあるが、実務上は拘束よりもとに重きが置かれていたとされる。
この制度は、昭和初期の都市膨張にともない、行政が「把握不能な群れ」を処理するために編み出したとされる。なお、当時の文書では「ふにゃおす」を「柔和かつ不定形の集団反応」と説明しており、すでに定義の時点でやや無理があると指摘されている[2]。
歴史[編集]
成立の背景[編集]
起源は、大阪市西区の臨時衛生調査にさかのぼるとされる。当時、内務省の委託を受けた渡辺精一郎らが、夜間に集中して移動する小規模集団の把握方法を検討していたところ、調査票の欄外に「ふにゃおす」と書かれた記録が残っていた。これが後年、分類上の術語として再解釈されたのである。
初期の運用はかなり原始的で、対象者の足元にで印を付け、翌朝までに沿いの仮設受付所へ誘導する方式であった。1930年の試験では、の対象のうちが誤って別課に送られ、うちは後に「ふにゃおす予備群」として再登録された。
制度化と拡張[編集]
、は「集団整序臨時措置要綱」を通達し、ふにゃおす一斉逮捕を正式な行政技法として採用した。ここで重要だったのは、逮捕そのものではなく、逮捕の「同時性」を担保することであったとされる。複数対象を同じ時刻、同じ帳簿、同じ番号帯に収めることが、秩序回復の第一歩と考えられていたのである。
東京府では銀座と浅草で相次いで実施され、特に1934年の「第三次銀座ふにゃおす作戦」では、警視庁がに一斉検挙を開始し、での票を処理したと記録されている。ただし、当時の報告書には同一人物が最大数えられていた疑いがあり、統計としての信頼性は低い。
戦後の再定義[編集]
戦後になると、ふにゃおす一斉逮捕は治安技術というよりも、都市運営上のとして見直された。には内に「ふにゃおす監査係」が置かれ、祭礼、清掃、交通整理の各現場で「群衆のふにゃおす度」を1.0から7.5までの小数で評価する方式が導入された。
この時期の資料には、早稲田大学の研究会が作成した「ふにゃおす曲線」がしばしば引用される。曲線は、対象が増えるほど現場の説明が雑になる傾向を示したもので、現代の行政文書学でも半ば伝説的な図として扱われている[3]。
運用手続き[編集]
ふにゃおす一斉逮捕の手続きは、一般に「予兆確認」「薄明宣告」「同時確保」「票札照合」「緩和収容」の五段階に分かれる。特に「薄明宣告」は日没後10分以内に行うと効果が高いとされ、の内部資料では、17度前後のとき最も誤認が少ないとされている。
対象の確保には、木製の番号札、青い粉チョーク、そして「ふにゃおす笛」と呼ばれる短音笛が用いられた。笛は吹くと対象が落ち着くという伝承があるが、実際には周囲の猫が先に反応してしまうため、現場ではしばしば混乱を招いた。
なお、標準運用では逮捕後24時間以内に「丸め込まれ記録票」を完成させる必要があったが、1958年の調査では中しか期限内に処理されていなかった。これに対し、担当官のは「ふにゃおすとは遅れるための制度である」と答弁したとされる[4]。
社会的影響[編集]
制度の影響は治安分野にとどまらず、の営業時間、銭湯の閉店時刻、さらにはのネタ運びにまで及んだとされる。とくに上野周辺では、ふにゃおす一斉逮捕が実施される夜に限って提灯の点灯数が減るという「控えめ文化」が形成された。
一方で、過度な運用に対する批判も強かった。の朝日新聞夕刊は、ふにゃおすが「本来は曖昧さを処理するための曖昧な技術である」と皮肉り、編集部にの抗議が届いたとされる。これを機に、制度は「一斉逮捕」より「一斉把握」と呼ばれることが増えた。
批判と論争[編集]
最大の論争は、ふにゃおすが実際には人を対象とするのか、それとも「挙動」を対象とするのかという点にあった。内務省側は一貫して「挙動である」と説明したが、現場では通常の逮捕術とほとんど区別がつかなかったため、法律家の間でしばしば混乱が生じた。
また、の京都大学法学部紀要では、ふにゃおす一斉逮捕が「行政の美学を暴力装置で包んだものにすぎない」とする批判が掲載された。しかし同号の別論文では、同制度がの設置率を押し上げたとされており、評価は割れている。
現代における用法[編集]
現在では、実務上の制度としてはほぼ廃れているが、行政現場や自治会では比喩的に用いられることがある。たとえば、連絡のつかない委員をまとめて回収することを「今夜はふにゃおすだ」と言う慣用が一部に残る。
には総務省の検討会で、災害時の避難者名簿照合を「ミニふにゃおす」と呼ぶ議事録表現が見つかり、議員が「国はまだやっているのか」と発言したことから一時話題になった。もっとも、当該議事録の作成者は後に「単なるタイプミスである」と説明している[5]。
関連施設と記念物[編集]
には、制度発祥地を記念するとされる「ふにゃおす整序碑」があり、毎年に自治会有志が白墨で円を描く行事が続いている。石碑には「同時とは、同じであることではない」と刻まれており、意味はよく分からないが格好は良いと評される。
また、千葉県の某倉庫跡には「第2仮収容所の床板」が保存されている。来館者は木目の数を数えることで当時の処理速度を体感できるというが、実際に数えた者はほとんどいない。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 渡辺精一郎『都市群体処理における同時拘束技術』内務省臨時整序局刊, 1932.
- ^ 小林十蔵『ふにゃおす運用細則と票札照合の実際』東京法令出版, 1937.
- ^ 佐伯みさ子『昭和初期の整序行政』日本行政史学会紀要 Vol. 14, No. 2, 1959, pp. 41-68.
- ^ Margaret A. Thornton, 'The Fuzzy Arrest Protocols of Urban Japan', Journal of Comparative Civic Order, Vol. 8, No. 1, 1971, pp. 12-39.
- ^ 高橋徳太郎『白墨と笛: ふにゃおす現場写真集』関西都市史資料センター, 1988.
- ^ E. H. Wainwright, 'Simultaneity in Containment: A Note on Funyaosu', Bulletin of Municipal Irregularities, Vol. 3, No. 4, 1976, pp. 201-219.
- ^ 藤井清一『群衆のふにゃおす度測定法』早稲田大学出版部, 1957.
- ^ 中川千恵『戦後東京における一斉把握の再編』都市政策研究 第22巻第1号, 1994, pp. 5-27.
- ^ 京都大学法学部編『行政美学の臨界: ふにゃおす論集』有斐閣, 1983.
- ^ J. P. Alder, 'On the Misfiled Arrest Ledger of 1934', Transactions of the Society for Archival Oddities, Vol. 19, No. 2, 2006, pp. 77-90.
外部リンク
- 内務省臨時整序局アーカイブ
- ふにゃおす資料保存会
- 都市整序史データベース
- 白墨行政年表館
- 関西仮収容所研究センター