キャシーズクラブ
| 名前 | キャシーズクラブ |
|---|---|
| 画像 | KathysClub_1999.jpg |
| 画像説明 | 1999年、神奈川県横浜市の倉庫街で撮影された初期宣材写真 |
| 画像サイズ | 270px |
| 背景色 | #2f2a3a |
| 別名 | キャスクラ |
| 出生名 | Cathy's Club |
| 出身地 | 日本・東京都 |
| ジャンル | オルタナティヴ・ロック、シティポップ、実験的ポスト歌謡 |
| 職業 | ロックバンド |
| 担当楽器 | ボーカル、ギター、ベース、ドラムス、シンセサイザー |
| 活動期間 | 1998年 - 現在 |
| レーベル | ペリウィンクル・レコード |
| 事務所 | 株式会社ノクターン・アーキペラゴ |
| 共同作業者 | 青木真澄、早瀬リュウ、 |
| メンバー | 黒瀬カティ、相原ナオ、三枝ユキ、松井レオ |
| 旧メンバー | 江藤ミカ |
| 公式サイト | kathysclub.jp |
キャシーズクラブ(きゃしーずくらぶ、英: Kathy's Club)は、日本の4人組ロックバンドである。所属事務所は。レコード会社は。1998年に結成、にメジャーデビュー。略称および愛称は「キャスクラ」。公式ファンクラブは「Kathy's Room」である。
概要[編集]
キャシーズクラブは、東京都で結成された日本の4人組である。1980年代末の歌謡曲再評価と系クラブ文化の接点から生まれたとされ、2000年代初頭には「都市の夜景を音にしたバンド」として注目を集めた[1]。
バンド名は、初期のリハーサル拠点であった下北沢の喫茶室「Cathy's Room」に由来するとされるが、実際にはメンバーの一人が英語の綴りを2度間違えたことが半ば公認の命名経緯であると伝えられている。また、インディーズ時代には自主制作盤の配布数が3,200枚とされ、後年の再発時に逆に7,800枚分の「回収不能在庫」が話題になった[2]。
メンバー[編集]
現行メンバーは、黒瀬カティ(ボーカル・ギター)、相原ナオ(ギター・コーラス)、三枝ユキ(ベース)、松井レオ(ドラムス)の4名である。初期には鍵盤を担当する江藤ミカが在籍していたが、1999年の冬季ツアー直前に「譜面台の高さが合わない」という理由で離脱したとされる[3]。
黒瀬はバンドの実質的なコンセプト設計を担い、相原は編曲面での整理役として機能していた。一方で三枝はライブ中にベースの弦を1本だけ半音下げたまま弾く癖があり、その音程の微妙な揺れが「キャスクラ節」と呼ばれることもあった。松井はMC中にメトロノームを膝に乗せていたことで知られている。
バンド名の由来[編集]
バンド名は、港区の深夜喫茶「Cathy's Room Club」を短縮したものとされている。もっとも、結成当初は「Cathy's Club」と「Cassie's Club」の両案が併記されていたという証言もあり、1998年9月に配布された手書きフライヤーでは表記ゆれが3種類確認されている[4]。
名称に「クラブ」が含まれるのは、ライブハウスの会員制文化への憧れに加え、当時のメンバーが「バンドというより、夜ごと集まる共同体でありたい」と述べたためであるとされる。ただし後年、ファンクラブの会報においても同名の喫茶室が実在したのかは曖昧なままで、編集部に「取材不能」とだけ記されていた。
来歴[編集]
結成 - インディーズ期[編集]
1998年、世田谷区のスタジオ「N-17」で黒瀬と相原が出会い、翌月に三枝と松井を加えて結成された。最初期はの小箱を中心に活動し、毎回セットリストの最後に即興の30秒間を挟む形式で知られていた[5]。
1999年には自主制作EP『夕方のための小さな窓』を発表し、地元FM局の深夜帯で断続的にオンエアされた。なお、当時の宣伝写真の一部がなぜか札幌市の雪まつり会場で撮影されており、後年まで「冬を求めて移動するバンド」という奇妙な印象を残した。
メジャーデビュー - ブレイク期[編集]
、アルバム『ルーム・サービスのための祈り』でメジャーデビューを果たした。収録曲「午前3時のバルコニー」が週間チャートで12位を記録し、続くシングル「ガラス越しの地図」は深夜ドラマの挿入歌に起用され、静かなブレイクを起こした[6]。
同年末には初の全国ツアー「Night Desk Tour」を開催し、全14公演のうち9公演でアンコールが2回行われた。ツアー最終日の大阪市公演では、演奏終了後に会場の非常灯が15分間だけ青く点灯し、その偶然の演出が「偶発的完成形」として後に語り草になった。
2000年代後半 - 変化と再編[編集]
にはサウンド面の刷新を図り、シンセサイザーを前面に出した『港の冷たい音楽』を発表した。この作品は賛否が割れたが、ライブでの再現性が異様に高く、会場音響の担当者から「PA泣かせでありながら気持ちよく鳴る」と評された[7]。
には一時的な活動休止が発表されたが、実際には黒瀬の喉の治療と、相原が地方の自治体向けに行っていた防災音響監修の仕事が重なったためであるとされる。その期間中、未発表曲のデモが京都市の古書店経由で流出し、結果的にファンの考察文化を加速させた。
2010年代以降 - 再評価[編集]
2014年にはベスト・アルバム『Kathy's Room Complete』を発表し、古参ファンのみならず若年層からも再評価を受けた。ストリーミング累計再生数は2021年時点で2億4,000万回を突破したとされ、特に「午前3時のバルコニー」は都市型失恋ソングの定番として定着した[8]。
にはデビュー15周年企画として一度限りの再結成ライブを行ったが、実際には活動停止中のように見えて毎年どこかの文化施設で演奏していたため、業界内では「一度限りの再結成」という表現に疑義が呈された。なお、記念公演のパンフレットには「現在の活動休止は、音の密度を保つための制度である」と記されていた。
音楽性[編集]
キャシーズクラブの音楽性は、の軽やかな質感に、の陰影と、会話の聞こえそうな距離感のコーラスワークを重ねたものと評される。特に黒瀬の歌唱は、語尾をわずかに遅らせる癖があり、これが「一拍遅れて到着する感情」として分析された[9]。
また、打ち込みと生演奏の境界を曖昧にする制作手法が特徴で、メトロノームのクリック音そのものを楽曲の余白に残すこともあった。ファンの間では、3拍目の裏で入るギターの和音を「倉庫の明かり」と呼ぶ慣習があり、後年の評論では「日本の夜景を最も実務的に鳴らしたバンド」と評されている。
人物[編集]
黒瀬カティは、バンドのフロントマンでありながら、インタビューでは自分の話を最小限に抑える人物として知られる。趣味は古い駅舎の時刻表収集で、楽曲タイトルの一部はその時刻表から着想を得たともいわれる[10]。
相原ナオは編曲と音響設計を担当し、ライブではPA卓の横に置かれた小型ラジオでNHK第二放送の試験電波を聴く習慣があった。三枝ユキは黙々と演奏する一方で、物販の袋詰め精度が高く、ファンから「ライブより梱包が上手い」と評された。松井レオはMCの合間に天気図を描くことで有名で、後年は気象協会のイベントにも呼ばれた。
評価[編集]
キャシーズクラブは、同時代の東京発バンド群の中でも、過剰な自己主張を避けながら強い記憶性を残したグループとして位置づけられている。音楽評論家の間では「派手さではなく、都市生活者の体温を保存した」とする評価が多い[11]。
一方で、初期の難解な歌詞や、ライブで曲間に30秒以上の沈黙を置く演出については賛否が分かれた。ただし、その沈黙さえも観客の呼吸を曲の一部に取り込む仕掛けとして再評価され、現在では日本のインディー・ロック史を語るうえで欠かせない存在とされることがある。
受賞歴[編集]
、『ルーム・サービスのための祈り』で日本レコード大賞の企画賞に相当する部門を受賞したとされるが、正式な賞名は当時の資料によって異なる[12]。また、2008年には関連のイベントで「最も丁寧に譜面へ注釈を付したバンド」として表彰されたという記録がある。
さらに、には『港の冷たい音楽』が「夜景を想起させるアルバム」として文化誌の年間特集に選出された。もっとも、選考委員の一人は後に「審査会場で流れていた加湿器の音まで作品の一部だと思った」と回想しており、選定基準の厳密さにはやや難がある。
ディスコグラフィ[編集]
=== シングル === * 「午前3時のバルコニー」(2003年) * 「ガラス越しの地図」(2003年) * 「雨のまちがいさがし」(2005年) * 「回送電車の恋人」(2007年) * 「夜更けのプールサイド」(2011年)
=== アルバム === * 『夕方のための小さな窓』(1999年) * 『ルーム・サービスのための祈り』(2003年) * 『港の冷たい音楽』(2007年) * 『Kathy's Room Complete』(2014年) * 『終電の残響』(2020年)
=== 映像作品 === * 『Night Desk Tour 2003』(2004年) * 『青い非常灯の記録』(2008年) * 『Kathy's Room at Dawn』(2018年)
配信限定シングルとして「駅前の白い地図」(2016年)が発表されたほか、ベスト・アルバムは通算2作存在する。なお、2006年に制作された未発表CD-R『倉庫のための子守唄』は、ライブ会場でのみ手売りされたため、正式ディスコグラフィに含めるかどうかで長年議論がある[13]。
ストリーミング認定[編集]
、代表曲「午前3時のバルコニー」は国内主要配信サービス合算で累計1億回再生を突破し、翌年には「ガラス越しの地図」も5,000万回再生を超えたと発表された。なお、再生数の集計には一部ポッドキャスト内の試聴が含まれているとの指摘もあるが、運営側は「音源の文脈が正しければ再生として扱う」と説明している[14]。
この基準は後にいくつかの配信事業者で参考にされたとされ、ファンの間では「キャスクラ式認定」と呼ばれた。もっとも、深夜番組のエンディングで流れた12秒版ジングルまで別カウントされていた可能性があり、統計の解釈には注意が必要である。
タイアップ一覧[編集]
* 「午前3時のバルコニー」 - テレビ東京系深夜ドラマ『窓辺の記憶』主題歌 * 「ガラス越しの地図」 - 日本郵便キャンペーンCMソング * 「雨のまちがいさがし」 - NHK教育番組『まちの音を聴く』挿入曲 * 「回送電車の恋人」 - 首都圏私鉄3社共同企画「終電を守ろう」イメージソング * 「夜更けのプールサイド」 - 清涼飲料水『ミッドナイト・ソーダ』CMソング
タイアップは都市生活を題材にした作品に偏っており、制作スタッフからは「朝より夜の案件で強い」と評された。なお、の交通安全月間ポスターに楽曲名のみが採用されたこともあるが、公式にはタイアップとみなされていない。
ライブ・イベント[編集]
キャシーズクラブは、クラブ公演からホール、野外特設会場まで幅広く活動した。特にの初全国ツアー以降は、各地で「開演前の場内アナウンスまで演出の一部だった」と回想されることが多い[15]。
代表的なツアーには「Night Desk Tour」「青い非常灯の記録 展開公演」「終電の残響 追加公演」がある。2018年の記念公演では、入場者1万2,000人に対してサイリウムが3色しか用意されず、結果的に会場全体が古い地図のように見えたと報じられた。
出演[編集]
テレビ出演としては、NHK『SONGS』風の特番や、深夜の音楽番組への出演が多かった。ラジオではに似た都市型FM局でのマンスリー企画が知られ、メンバーが交代で「今週の夜景」を語るコーナーが人気を集めた[16]。
映画では、架空都市を描いた音楽ドキュメンタリー『終電の向こう側』に出演し、CMでは前述の清涼飲料水に加えて、文具メーカーの「消せるのに消えないボールペン」広告にも起用された。なお、松井レオのみが防災関連の啓発映像にたびたび登場しており、本人はそれを「曲より長く残る仕事」と表現した。
NHK紅白歌合戦出場歴[編集]
に『午前3時のバルコニー』で初出場したとされる。演奏直前、照明が予定より7秒早く落ちたため、冒頭のピアノフレーズがほぼ暗闇の中で行われ、結果として「紅白史上もっとも夜向きのステージ」と評された[17]。
翌年以降も候補に挙がったが、メンバー側が「曲間の沈黙が放送時間に合わない」として辞退したという説がある。もっとも、実際には黒瀬が毎年年末になると喉の保温と年越しそばの両立に失敗していたためだとも伝えられている。
脚注[編集]
注釈 [1] バンド側は公式プロフィールで「夜の共同体」と説明している。 [2] 初回プレスの在庫管理については資料ごとに数字が異なる。 [3] 旧メンバーの脱退理由はインタビューによって異同がある。 [4] フライヤー現物は新宿区の私設資料室に所蔵されているとされる。 [5] スタジオ名は関係者の証言により表記が揺れている。 [6] チャート順位は週次集計と月次集計で差がある。 [7] 音響スタッフの談話集に基づく。 [8] 再生数には複数サービスの合算値が含まれる。 [9] 批評家の論考による。 [10] ただし本人は「時刻表は読めるが、趣味ではない」と述べたことがある。 [11] 編集部の総括記事による。 [12] 当時は部門編成が流動的で、資料の保存状態も良好ではない。 [13] 収録曲の一覧が存在するが、正式流通の有無は確認が難しい。 [14] 配信各社の集計方法に差がある。 [15] 会場配布パンフレットおよび主催者報告書による。 [16] 番組名は局内メモでのみ確認されている。 [17] 放送当日の技術記録では、照明調整に2回の修正があったとされる。
出典 [18] 山本澄子『都市夜景と日本のポップス』青弓社, 2016年. [19] 田辺理『深夜帯の音楽文化史』白鷺書房, 2012年. [20] Mark Ellison, “Post-Pop in a Small Room,” Journal of East Asian Music Studies, Vol. 8, No. 2, pp. 41-67, 2019. [21] 佐久間仁志『ライブハウスの会話学』月虹出版, 2015年. [22] Clara Whitmore, “Blue Emergency Lights and the Aesthetics of Delay,” Popular Sound Review, Vol. 14, No. 1, pp. 102-128, 2020. [23] 小林真一『オルタナティヴ歌謡の誕生』ナイトブック社, 2009年. [24] 中西芽衣『キャシーズクラブ論 影のある合唱』音楽社, 2021年. [25] Hiro Tanaka, “The Club That Was a Room,” The Tokyo Music Quarterly, Vol. 3, No. 4, pp. 77-95, 2007年.
参考文献[編集]
1. 山本澄子『都市夜景と日本のポップス』青弓社, 2016年. 2. 田辺理『深夜帯の音楽文化史』白鷺書房, 2012年. 3. 小林真一『オルタナティヴ歌謡の誕生』ナイトブック社, 2009年. 4. 佐久間仁志『ライブハウスの会話学』月虹出版, 2015年. 5. 中西芽衣『キャシーズクラブ論 影のある合唱』音楽社, 2021年. 6. Mark Ellison, “Post-Pop in a Small Room,” Journal of East Asian Music Studies, Vol. 8, No. 2, pp. 41-67, 2019. 7. Clara Whitmore, “Blue Emergency Lights and the Aesthetics of Delay,” Popular Sound Review, Vol. 14, No. 1, pp. 102-128, 2020. 8. Hiro Tanaka, “The Club That Was a Room,” The Tokyo Music Quarterly, Vol. 3, No. 4, pp. 77-95, 2007. 9. 井上あかり『終電とコーラスの社会学』港湾文化研究所, 2018年. 10. 石塚歩『譜面台の高さと脱退の倫理』東都出版, 2022年.
外部リンク[編集]
公式サイト 所属事務所アーカイブ ペリウィンクル・レコード ディスコグラフィ Kathy's Room 会報データベース 夜景音楽年鑑オンライン
脚注
- ^ 山本澄子『都市夜景と日本のポップス』青弓社, 2016年.
- ^ 田辺理『深夜帯の音楽文化史』白鷺書房, 2012年.
- ^ 小林真一『オルタナティヴ歌謡の誕生』ナイトブック社, 2009年.
- ^ 佐久間仁志『ライブハウスの会話学』月虹出版, 2015年.
- ^ 中西芽衣『キャシーズクラブ論 影のある合唱』音楽社, 2021年.
- ^ Mark Ellison, “Post-Pop in a Small Room,” Journal of East Asian Music Studies, Vol. 8, No. 2, pp. 41-67, 2019.
- ^ Clara Whitmore, “Blue Emergency Lights and the Aesthetics of Delay,” Popular Sound Review, Vol. 14, No. 1, pp. 102-128, 2020.
- ^ Hiro Tanaka, “The Club That Was a Room,” The Tokyo Music Quarterly, Vol. 3, No. 4, pp. 77-95, 2007.
- ^ 井上あかり『終電とコーラスの社会学』港湾文化研究所, 2018年.
- ^ 石塚歩『譜面台の高さと脱退の倫理』東都出版, 2022年.
外部リンク
- 公式サイト
- 所属事務所アーカイブ
- ペリウィンクル・レコード ディスコグラフィ
- Kathy's Room 会報データベース
- 夜景音楽年鑑オンライン