トスペリン
| Name | トスペリン |
|---|---|
| 分類 | 神経免疫性疾患、都市環境関連感染症 |
| 病原体 | トスペラ菌 |
| 症状 | 方向感覚障害、擬音反射、微細振戦、地下嗜好 |
| 治療法 | トスペリン耐性抑制療法、塩基性光曝露、地下離脱訓練 |
| 予防 | 換気改善、地下施設の定期照明化、長時間反響音の回避 |
| ICD-10 | U88.4 |
トスペリン(とすぺりん、英: Tosperin Disease)とは、による慢性の神経免疫性疾患である[1]。主としての地下空間に長期滞在した者にみられ、反復するとを呈することで知られている[1]。
概要[編集]
トスペリンは、の飛沫および反響性エアロゾルへの曝露を契機として発症すると考えられている慢性疾患である。特に鉄道駅の、、など、照度が低く音が遅れて戻る空間で罹患率が上昇することが報告されている[2]。
患者は初期に「足音が半拍遅れて聞こえる」「出口表示が地図のように見える」と訴えることが多く、進行するとを選ぶ際に無意識にを伴うようになる。このため都市計画分野では、しばしば「空間認知の都市型位相ずれ」とも呼ばれている[3]。
症状[編集]
典型的な症状は、、、軽度のである。擬音反射とは、患者が「カラン」「ゴトン」「ピンポン」といった擬音を聞く、あるいは想起するだけで、肩をすくめて周囲を見回す現象を指す[1]。
ほかに、改札機の通過音に過敏となる、地下鉄構内の案内放送を聞くと歩行速度が不規則に変化するがみられる。重症例では、紙の路線図を折りたたむ際に「まだ終点ではない」と感じるを呈し、本人は合理的な行動として説明することが多い。
なお、小児例では玩具のトンネルに強い愛着を示し、トンネル内でのみ発語が安定するという報告がある。これは要出典とされることがあるが、の1978年調査では、同様の事例が23例中19例で確認されたと記録されている[4]。
疫学[編集]
トスペリンは日本、韓国、ドイツの大都市圏で比較的多いとされる。特に東京の新宿区、大阪市の、ベルリンの地下連絡網では、1980年代以降に有病率が上昇したとされている[5]。
が2011年に発表した推計では、世界の都市人口の約0.8%が何らかのトスペリン関連症候を経験している。もっとも、この数値には「一度でもエスカレーターを逆走しかけた者」を含むため、実臨床ではやや過大評価であるとの指摘がある。
発症年齢はからに集中し、通勤距離がを超えると発症率が1.7倍になるという。なお、札幌市の冬季に限っては、雪害対策で地下歩行空間の滞在時間が増えるため、診断件数が一時的に増加する傾向がある[6]。
歴史/語源[編集]
トスペリンという名称は、明治末期に東京帝国大学の衛生学講座に所属していた渡辺精一郎が、地下演習場で観察した「途上でスペーシングが乱れる病態」を略記した「トス・ペリ症候群」に由来するとされる。ただし、当時の原資料は関東大震災で一部焼失しており、後世の再構成に依る部分が大きい[7]。
1924年、の報告書『反響環境と人間の歩行誤差』において、初めて「感染性の可能性を否定できない症候」として記載された。報告書では、地下道に設置された試験用の点滅周期が、患者の歩行リズムと不自然に同期することが示され、これが病原体の存在を想定させる契機となった。
その後、1958年にの篠原寛子がを分離したとされ、1963年には培地上で菌体が「通路状配列」を示すことが確認された。もっとも、この配列は後の再検証で培地皿の傾きによる人工産物であった可能性が示唆されている。しかしこの誤認が、結果として都市環境感染症という独自の学派を生んだ点は特筆に値する。
1970年代には大阪万博跡地の地下搬送路で集団例が発生し、これを契機として一般向けの啓発冊子『地下で迷わないための十二章』が配布された。冊子の最終章には「深夜の案内放送を三度聞いたら地上へ出ること」と記され、当時の市民の間で半ば都市伝説として広まった。
予防[編集]
予防の基本は、の徹底と長時間の地下滞在を避けることである。とりわけ、反響が強いや、案内音声が二重化しやすいでは、30分ごとに地上へ移動することが推奨されている[8]。
また、の一部施設では、トスペラ菌が苦手とする波長とされる前後の照明が試験導入された。導入後、職員の「出口を探す回数」が月平均で14.2回から6.1回に減少したとされるが、同時期に案内表示が黄色く見えすぎるという苦情も増えた。
民間療法としては、地下鉄構内で駅弁を食べない、エスカレーターの速度を数え続けない、といった習慣が知られている。ただし、これらは医学的根拠に乏しく、むしろ患者の不安を増幅させるとの批判がある。
検査[編集]
診断は、問診、反響負荷試験、ならびにの測定を組み合わせて行う。問診では「最後に地上を見た日時」「改札音に感情が乗るか」など、通常の感染症ではあまり問われない項目が含まれる[9]。
反響負荷試験は、密閉した小部屋で短いアナウンスを2回反復再生し、患者の姿勢変化を観察する方法である。陽性例では、再生2回目の冒頭で軽く右肩が上がり、3回目で無意識に出口側へ半歩寄ることが多い。なお、この試験は被験者の緊張でも偽陽性を示すため、的評価を併用すべきである。
画像検査では、上で周辺に「階段状の信号遅延」が認められるとされる。もっとも、これは撮像時に患者が非常にゆっくり瞬きをするため生じるアーチファクトではないかという異論もある。
治療[編集]
治療の中心は、と呼ばれる段階的介入である。急性増悪例ではを微量含む点滴が用いられ、症状が落ち着いた後にへ移行する[10]。
地上再適応プログラムでは、患者に毎日3回、屋外で「ここは地下ではない」と音読させる方法が知られている。これは一見奇妙であるが、1987年にで行われた小規模試験では、6週間後の方向感覚スコアが平均31%改善したとされる。
また、難治例にはとを組み合わせた環境療法が行われる。これにより擬音反射が減弱し、患者がエレベーターの「到着音」に過剰反応しなくなることがある。ただし、緑色照明に対して逆に「植物園のようだ」と落ち着かなくなる患者も存在し、治療継続率は高くない。
脚注[編集]
[1] 国立都市感染症研究センター『トスペリン診療指針2020』第3版、pp. 11-18。
[2] 佐伯隆一「地下空間における反響性エアロゾルと神経免疫応答」『日本環境衛生学雑誌』Vol. 44, No. 2, pp. 101-119。
[3] Margaret A. Thornton, “Acoustic Drift and Urban Spatial Misperception,” Journal of Metropolitain Pathology, Vol. 12, No. 4, pp. 233-247.
[4] 東京都立衛生研究所『小児トスペリン症例集録』内部報告書、1978年、pp. 7-9。
[5] Hans Keller, “Subway-Associated Neuroimmune Disorders in Postwar Europe,” Klinische Stadtmedizin, Vol. 8, No. 1, pp. 1-26。
[6] 札幌市保健福祉局『冬季地下歩行空間利用と症候発現の相関』、2019年、pp. 14-21。
[7] 渡辺精一郎「地下演習場における位相ずれ症候の初報」『帝国衛生学会雑誌』第19巻第6号、pp. 401-418。
[8] 伊藤由紀子『都市地下空間の換気設計と感染症予防』建築衛生出版、2016年。
[9] Robert J. Bell, “TSP-3 Antibody in Chronic Tunnel Exposure Syndrome,” Annals of False Neurology, Vol. 29, No. 3, pp. 77-95。
[10] 神戸市立中央市民病院トスペリン対策委員会『地上再適応療法の実務』、1988年、pp. 2-15。
関連項目[編集]
脚注
- ^ 国立都市感染症研究センター『トスペリン診療指針2020』第3版、pp. 11-18.
- ^ 佐伯隆一「地下空間における反響性エアロゾルと神経免疫応答」『日本環境衛生学雑誌』Vol. 44, No. 2, pp. 101-119.
- ^ Margaret A. Thornton, “Acoustic Drift and Urban Spatial Misperception,” Journal of Metropolitain Pathology, Vol. 12, No. 4, pp. 233-247.
- ^ 東京都立衛生研究所『小児トスペリン症例集録』内部報告書、1978年、pp. 7-9.
- ^ Hans Keller, “Subway-Associated Neuroimmune Disorders in Postwar Europe,” Klinische Stadtmedizin, Vol. 8, No. 1, pp. 1-26.
- ^ 札幌市保健福祉局『冬季地下歩行空間利用と症候発現の相関』、2019年、pp. 14-21.
- ^ 渡辺精一郎「地下演習場における位相ずれ症候の初報」『帝国衛生学会雑誌』第19巻第6号、pp. 401-418.
- ^ 伊藤由紀子『都市地下空間の換気設計と感染症予防』建築衛生出版、2016年.
- ^ Robert J. Bell, “TSP-3 Antibody in Chronic Tunnel Exposure Syndrome,” Annals of False Neurology, Vol. 29, No. 3, pp. 77-95.
- ^ 神戸市立中央市民病院トスペリン対策委員会『地上再適応療法の実務』、1988年、pp. 2-15.
外部リンク
- 国際地下空間保健連盟
- 東京都立衛生研究所アーカイブ
- 都市感染症資料館
- トスペリン患者支援ネットワーク
- 神経反響医学会