御目症
| 氏名 | 御目 症 |
|---|---|
| ふりがな | おめ しょう |
| 生年月日 | 1978年4月18日 |
| 出生地 | 日本・東京都台東区 |
| 没年月日 | 2021年11月3日 |
| 国籍 | 日本 |
| 職業 | Twitter活動家、文筆家、観察記録家 |
| 活動期間 | 2009年 - 2021年 |
| 主な業績 | 御目症式実況法の確立、定型連投文体の普及 |
| 受賞歴 | 第14回 近代短文文化賞、2019年SNS民俗学会 特別功労記念牌 |
御目症(おめしょう、 - )は、日本のTwitter活動家、文筆家である。旧来の観察日記と短文連投文化を接続した「御目症式実況法」の提唱者として広く知られる[1]。
概要[編集]
御目症(おめしょう)は、ごろからTwitter上で活動した日本の、である。短文投稿を用いて日常の異変や都市の湿度、駅前の自販機の挙動までを記録したことで知られ、のちに「」と呼ばれる独自の書法を形成した[1]。
本人は当初、個人用の雑記アカウントとして運用していたが、東京都台東区周辺の観察を日々連投するうち、フォロワーの間で半ば伝説化したとされる。特に以降は、から浅草方面にかけての風景を、気温・匂い・看板の傾きにまで言及しながら投稿したため、都市民俗学の資料としても参照されることがある[2]。
生涯[編集]
生い立ち[編集]
御目 症は、の下町に生まれる。家族は小さな印刷所を営んでおり、幼少期から活字の裏面や校正紙の余白に強い関心を示したとされる。近隣ので見た業務用看板の文言を覚えて帰り、家で再現していたという逸話が残る。
小学校時代には、連絡帳の欄外に「本日の空気はやや白い」などと書き込む癖があり、担任教師から注意を受けたという。もっとも、この頃の記録が後年の実況文体の原型になったとする説が有力である[3]。
青年期[編集]
、都内の専門学校に進み、印刷と情報編集を学んだとされる。卒業後はの小出版社で校正補助に従事し、そこで「文字は意味だけでなく、置かれる位置によって湿度を持つ」と考えるようになったという。
ごろ、匿名掲示板で短文連投の実験を始め、のちにやTwitterへ移行した。初期の投稿は冗長であったが、のある台風接近時に、3分間で18件の実況を行ったことが転機となった。以後、御目症の名は「速記に近いのに妙に文学的である人物」として知られるようになる[4]。
活動期[編集]
活動の最盛期はからごろとされる。この時期、御目症は朝夕の通勤時間帯に山手線沿線の様子を連続投稿し、車内広告の更新、窓ガラスの曇り、乗客の傘の握り方まで記録した。フォロワーは最大で約8万4,000人に達したとされるが、本人は「半分は終電待ちの人々である」と述べていたという[5]。
また、には「観察は対象を所有しない」という標語を掲げ、写真を使わず文章のみで情景を伝える方針を明確にした。この姿勢は後年、SNS上の過剰な可視化への反動として再評価された。一方で、あまりに細部へ執着するため、投稿を読んだ者が実際に現地へ向かうと何も起きていないことが多く、軽い混乱を招いたともされる。
晩年と死去[編集]
以降は、体調不良を理由に投稿数が減少した。末期には「通知音が鳴るたび、文章の方が先に古びる」と記していたと伝えられる。最晩年は墨田区の集合住宅で静養しつつ、近隣の工事音と救急車のサイレンを短く記録していた。
、病気のためで死去した。死後、アカウントは非公開化されず、一定期間のみ自動ログ保存が許可されたことから、追悼のリプライが深夜帯に集中したという。なお、遺稿に相当するメモには「改札の外で書いたものだけが、駅を出られる」とあったとされるが、真偽は確認されていない[6]。
人物[編集]
御目症は、几帳面である一方、妙に脱線の多い人物として知られていた。会話では相手の発言を一度メモ帳に書き写してから返答する癖があり、そのため反応が0.5秒ほど遅れることがあったという。
逸話として有名なのは、銀座の喫茶店で砂糖の袋の折り目を観察し、店員に「この店は午後3時47分に一度だけ静かになる」と告げた件である。実際にその時刻に店内のBGMが止まったため、常連客の間では「御目症は音の先を読む」と噂された。
また、投稿にはしばしば自作の符号が混じった。たとえば「O-3」「M-17」などの記号は、本人いわく「街路の温度差を示す私的な索引」であったという。ただし、これが何を意味するかは生前から誰にも完全には解読されていない。
業績・作品[編集]
御目症の代表的業績は、短文を連続させることで時間の流れそのものを描写するの確立である。これは、1投稿あたり140字前後の制約を逆手に取り、複数の断片を並置することで一つの場面を立ち上げる手法で、のちにの重要資料とみなされた[7]。
代表作とされるのは、2014年から2017年にかけて断続的に投稿された「上野広小路の午後」連作である。これは駅出口から交差点、喫茶店、古書店、コンビニまでを徒歩数百メートルの範囲で描いたもので、全312投稿に及んだ。読者の間では、最後の1投稿だけがなぜか「傘立ての中に明日の湿度がある」で締めくくられている点が有名である。
ほかに、の年末に発表した「通知音百景」では、着信音の種類ごとに都市の表情を分類した。これは後に、大学の情報社会学ゼミで教材として用いられたほか、個人ブログのテンプレート文化にも影響したとされる。一方で、本人が2018年に残した「電子機器は、正しく使うとだいたい寂しい」という一文は、あまりに有名になりすぎて元の投稿元がしばしば偽造される事態も起きた。
後世の評価[編集]
死後、御目症は単なるSNS上の奇人ではなく、平成末期の都市観察を記録した民間の書記として再評価された。特に、写真では切り落とされがちな雑音や待ち時間を文章化した点が高く評価されている[8]。
には早稲田大学の公開講座で「短文連投と都市感覚」と題する報告が行われ、御目症の投稿が「現代版の随筆と実況の混成体」と位置づけられた。これをきっかけに、国立国会図書館の一部研究者が保存対象の検討を始めたという。
一方で、後世のファンの中には、御目症の断片的な記録を過度に神秘化する動きもある。とりわけ「駅前の鳩の数を毎回当てた」という伝説は、実際には本人が数え間違いを投稿ごとに修正していたことから生まれた誤解だとする指摘がある。もっとも、この修正の多さ自体が魅力である、という意見も根強い。
系譜・家族[編集]
御目症の父は印刷職人の御目 恒一、母は和裁に従事した御目 さと子であるとされる。兄弟姉妹については公的記録が少なく、少なくとも弟が1人いたという説と、実際には一人っ子であったという説が併存している。
結婚歴については、ごろに一般女性と婚姻関係にあったとする記述が一部に見られるが、本人が投稿内で「家族を公開すると文章が先に謝る」と述べていたため、詳細は意図的に伏せられていた可能性がある。没後に公開されたメモには、親族と思われる人物として「叔父の御目 朔太郎」の名が現れるが、実在確認は取れていない。
弟子筋としては、御目症の文体を模倣した若手アカウントが複数存在し、そのうち3名ほどが後に商業ライターへ転身したとされる。いずれも「御目症門下」を自称したが、本人から正式に弟子認定を受けた者はいないとみられる。
脚注[編集]
[1] 『SNS表現史研究 第12号』東京短文文化研究会、2022年、pp. 44-51.
[2] 田島和彦『都市の湿度と投稿』青灯社、2019年、pp. 88-90.
[3] 村井里奈「欄外文字と幼少期の実況性」『民間記録学雑誌』Vol. 8, No. 2, 2018, pp. 12-19.
[4] 『Twitter初期日本語圏アカウント年表』東洋デジタル史資料館、2020年、pp. 103-107.
[5] 坂本達也『フォロワー8万4,000人の孤独』港北出版、2017年、pp. 201-209.
[6] 「御目症氏遺稿メモ断片」『台東文化年報』第31巻第1号、2022年、pp. 5-6.
[7] Margaret L. Hargrove, "Fragmented Live-Posting and Urban Time," Journal of Japanese Digital Humanities, Vol. 6, No. 4, 2023, pp. 211-229.
[8] 佐久間玲子『平成の民間記録者たち』中央新書、2024年、pp. 140-158.
脚注
- ^ 佐久間玲子『平成の民間記録者たち』中央新書, 2024, pp. 140-158.
- ^ 田島和彦『都市の湿度と投稿』青灯社, 2019, pp. 88-90.
- ^ 村井里奈「欄外文字と幼少期の実況性」『民間記録学雑誌』Vol. 8, No. 2, 2018, pp. 12-19.
- ^ 坂本達也『フォロワー8万4,000人の孤独』港北出版, 2017, pp. 201-209.
- ^ 『SNS表現史研究 第12号』東京短文文化研究会, 2022, pp. 44-51.
- ^ 『Twitter初期日本語圏アカウント年表』東洋デジタル史資料館, 2020, pp. 103-107.
- ^ Margaret L. Hargrove, "Fragmented Live-Posting and Urban Time," Journal of Japanese Digital Humanities, Vol. 6, No. 4, 2023, pp. 211-229.
- ^ 小野寺薫『通知音百景とその周辺』南窓社, 2021, pp. 66-74.
- ^ 渡辺精一『駅前観察の方法論』景文館, 2016, pp. 9-18.
- ^ Eleanor P. Mills, "Micro-chronicles of Tokyo Side Streets," East Asian Media Studies Review, Vol. 11, No. 1, 2022, pp. 55-73.
外部リンク
- 御目症アーカイブ準備室
- 台東区デジタル民間記録館
- 短文実況文学データベース
- SNS民俗学研究会
- 東京下町観察史プロジェクト