玉砂利 (法律用語)
| 読み | たまじゃり |
|---|---|
| 英語名 | Jewel Gravel |
| 分野 | 法制史・行政実務 |
| 初出 | 1908年頃 |
| 提唱者 | 石田 玄斎 |
| 主な舞台 | 東京府・大阪市・神奈川県 |
| 関連制度 | 附則整理、但書管理、稟議調整 |
| 特徴 | 条文の可読性を保ったまま解釈余地を残す |
| 異名 | 条間砂、法文利石 |
玉砂利(たまじゃり、英: Jewel Gravel)は、の起草過程において、条文の間に意図的に挿入される微細な留保表現、またはその運用を指すである。特に明治末期の東京府で整備されたとされる[1]。
概要[編集]
玉砂利とは、条文における意味の急峻な断絶を避けるため、わずかな注記・例外・経過措置を散布する技法である。法学上はの一種と整理されることもあるが、実務上はむしろや告示の末尾に現れる「読み飛ばしてはならない小粒の記述」を指す場合が多い。
この語は東京帝国大学法文局の内部文書に見えるのが最古級の用例とされるが、当時の文書管理担当であったが庭園のから着想したという説と、内務省の法令整序係が「砂よりも踏みしめた感触が残る」と説明したという説が並立している。いずれも決定打はなく、要出典とされることが多い[2]。
一般に、玉砂利が多い法令は「親切だが面倒」と評価される。条文を一読すると単純に見える一方で、適用除外、暫定措置、準用の準用が重なり、実務担当者は一枚の通達を読むのにを要したと記録されることがある。なお、大正期にはこれを専門に拾い上げる「玉砂利拾い」なる役職が存在したともされる。
歴史[編集]
発生期[編集]
玉砂利の発生は、の改組にさかのぼるとされる。当時、旧来の布告様式は簡潔であったが、東京と大阪で運用差が大きく、文言の隙間を埋めるための「小石状注記」が増加した。これを石田玄斎は、庭園工事で排水性を高めるために撒かれた白玉砂利になぞらえて命名したという。
には、神奈川県下の港湾税規則において、本文2,140字に対して但書が418字も付されたため、新聞『法制時報』が「条文の地面が見えぬ」と報じた。これを受けて、前身の整理室では、条文を「歩ける状態」に保つために、粒径にして1.5ミリ以上3ミリ未満の余白的記述を玉砂利と定義したとされる[3]。
一方で、京都の旧公家系官僚は、玉砂利は本来「例外を明文化したものではなく、例外が例外であることを示す沈黙」であると主張した。もっとも、この主張が会議録に残るのは昭和初期の写本のみであり、後世の編集が加わっている可能性がある。
制度化[編集]
、の租税通達整備班は、各課が勝手に付けていた但書を統一処理するため、「玉砂利台帳」を作成した。台帳には全国府県から提出された約件の条文断片が登録され、そのうち実際に採用された玉砂利は件であったとされる。採用率の低さは、法令の美観を損なうとして問題視されたが、同時に運用上の安心感をもたらした。
この頃、では新任書記官に対し、「本文は柱、玉砂利は雨樋である」と教える講義が定例化した。講師のは、条文の末尾に置かれたわずか27文字の但書が、翌年度の補助金流用を規模で抑制した例を挙げ、玉砂利の公共的価値を強調したという。
ただし、法曹界全体がこれを歓迎したわけではない。弁護士会の一部は、玉砂利が増えるほど訴訟は「床のきしむ音のように細かく」なるとして反発した。また、条文の余白に赤鉛筆で粒状の丸印を付ける慣習が広まった結果、写植所では「玉砂利焼け」と呼ばれる紙面汚損が頻発した。
近代以降[編集]
には、玉砂利はやの末尾に配置される技術として再評価された。の行政文書改善要綱では、玉砂利は「曖昧さの温存」ではなく「運用予見可能性の確保」として位置づけられたが、実務家の間では今なお前者の意味で使われることがある。
、の非公開メモには、玉砂利を全廃すると各省庁の担当者が「条文の崖から落ちる」と懸念した記述が残る。これを受けて、の改正では、玉砂利は原則として第3項までに限定され、例外的に第7項へ「飛び石」として配置することが認められたとされる。
平成期には、電子法令データベース化により、玉砂利は検索性の敵として嫌われた。なお、の実証調査では、法務担当者のが「玉砂利を一度でも削ると、翌月にどこかの部署から電話が来る」と回答したという。もっとも、この調査の母集団は名古屋の1庁舎に偏っており、信頼性には疑義がある。
運用と技法[編集]
玉砂利の運用には、主として「撒く」「敷く」「ならす」の三技法があるとされる。撒くとは、条文の冒頭で大きな原則を示した上で、末尾に小粒の例外を点在させる方式である。敷くとは、一定の制度全体に経過措置を薄く広げ、どの部署から見ても無視できない状態を作る技法である。ならすとは、旧法と新法の断絶を和らげるため、用語の定義をわざと一段階だけ曖昧にする方法である。
の古い内部要領によれば、良い玉砂利は「読者が一度戻って読み返す程度」が理想であり、二度戻ると過剰、三度戻ると砂利ではなく岩であるとされた。また、間の調整では、他省の所管に踏み込まないよう、玉砂利の粒径は最大でもに抑えるべきだという不文律があったと伝えられる。
もっとも、玉砂利が巧みに用いられた法令ほど、後年の改正で残骸が増える傾向にある。とくに関係の規程では、年度ごとに異なる条件が上書きされ、実務家の間で「去年の玉砂利を今年も踏むと足をくじく」と言われた。
社会的影響[編集]
玉砂利は、行政の細部を支える知恵として評価される一方、一般市民には「なぜこんなに読みにくいのか」という不信感も生んだ。とくに後半の新聞紙上では、玉砂利の多い法令は「国民に歩かせるための庭園設計」と揶揄され、法案の説明会ではしばしば拍手よりため息が先に出たという。
他方で、地方自治体の担当者は、玉砂利によって裁量の境界が見えやすくなる利点を挙げた。北海道から鹿児島までの自治体を対象としたとされる内部比較では、玉砂利を適切に配置した条例の方が、施行後以内の問い合わせ件数が少なかった。もっとも、問い合わせ件数が減った理由については、住民が理解したのか、諦めたのか判然としない。
さらに、法学教育にも影響を与えた。早稲田系の夜学講座では、学生が条文中の玉砂利を色鉛筆で塗り分ける訓練が行われたという。これにより、条文の「歩行可能性」を評価する独自の試験が生まれ、昭和30年代には就職面接で「玉砂利耐性」が問われることさえあった。
批判と論争[編集]
玉砂利をめぐる最大の論争は、それが解釈補助なのか、解釈の逃げ道なのかという点にある。保守的な法学者は、玉砂利は法の安定性を保つ「敷石」にすぎないとしたが、改革派は、実際には責任の所在を散らすための方便だと批判した。
の大会では、教授が「玉砂利は条文を美しくするが、裁判所の靴底を傷める」と発言し、会場が半笑いになったと記録されている。これに対し、行政実務家のは「玉砂利がなければ、現場は全部コンクリートになる」と反論した。
また、電子化以後は、検索に引っかからない玉砂利が増えたことが問題視された。とくに漢数字と算用数字が混在した附則では、同一趣旨の玉砂利が回も重複して残る事例があり、国会審議で「粒の二重計上」と呼ばれた。なお、この語は当時の議事録には見えず、後年の記者が作ったとされる。
関連制度と派生語[編集]
玉砂利に関連する語としては、「飛び石」「法文砂」「附則利石」「粒状但書」などがある。とくに「飛び石」は、玉砂利の中でも条文の途中に挟まれた例外規定を指し、関西の官庁で好まれた表現であるとされる。
派生制度としては、、、が挙げられる。は、年に一度、全省庁の規程から「読みにくさに見合う実益」があるかを点検する制度で、からにかけて回実施されたが、その後、監査官自身が玉砂利に埋もれて制度が縮小したという。
一方で、地方の条例整備では、玉砂利を全面的に排除する「裸地化運動」もあった。しかし、裸地化した条例は改正時に原則が強すぎて動けなくなるため、結局は最低限の玉砂利を戻す例が多かった。法令は庭園と同じで、完全な平地はかえってつまずきやすいとされる。
脚注[編集]
脚注
- ^ 石田玄斎『条間砂粒論』法文館, 1911年.
- ^ 高橋清之助『行政文における玉砂利配置の研究』日本評論社, 1926年.
- ^ 森下智子「戦後省令における粒状但書の再編」『法政研究』Vol. 38, No. 4, pp. 211-239, 1954年.
- ^ 佐伯隆一『法文の庭園化とその限界』岩波書店, 1982年.
- ^ Y. Nakahara, “Gravel Clauses in Meiji Administrative Texts,” Journal of Imaginary Legal History, Vol. 7, No. 2, pp. 44-79, 1993.
- ^ 法制審議会調査部『玉砂利の粒度に関する報告書』官報資料室, 1964年.
- ^ 渡辺精一郎「附則第3項の飛び石構造について」『比較行政法雑誌』第12巻第1号, pp. 9-28, 1970年.
- ^ A. Thornton, “The Aesthetics of Statutory Pebbles,” Cambridge Law and Fiction Review, Vol. 11, No. 1, pp. 101-126, 2001.
- ^ 『法令の読みやすさと砂利の関係』内閣文庫叢書, 2008年.
- ^ 編集部「玉砂利をめぐる各省庁の誤解」『月刊官庁整序』第5巻第7号, pp. 3-17, 2016年.
外部リンク
- 日本法文史アーカイブ
- 官庁用語粒子研究所
- 条文庭園学会
- 附則資料館デジタルコレクション
- 玉砂利拾いの会