クリス・ユル・セピア
| 氏名 | クリス・ユル・セピア |
|---|---|
| ふりがな | くりす・ゆる・せぴあ |
| 生年月日 | 1947年11月3日 |
| 出生地 | 日本・神奈川県横浜市中区山下町 |
| 没年月日 | 2011年8月19日 |
| 国籍 | 日本 |
| 職業 | 色彩記録家、映像保存技師、研究者 |
| 活動期間 | 1969年 - 2011年 |
| 主な業績 | 黄昏補正の提唱、セピア回廊運動の組織化、全国縁辺色票の編纂 |
| 受賞歴 | 日本映像保存協会特別功労賞、横浜文化顕彰 |
クリス・ユル・セピア(くりす・ゆる・せぴあ、 - 2011年)は、日本の色彩記録家、映像保存技師、ならびに季節儀礼研究者である。とくにの理論化と、運動の中心人物として広く知られる[1]。
概要[編集]
クリス・ユル・セピアは、日本の色彩記録家である。写真やの退色を「劣化」ではなく「記憶の移相」とみなし、東京都と神奈川県を中心に独自の保存技術を展開した[2]。
彼の名は、黄褐色の保存液に由来する通称「ユル染め」と、夕景の階調を用いて年代測定を行うによって知られる。また、1970年代後半に横浜市の倉庫街で始まった市民運動の実務責任者でもあった[3]。
生涯[編集]
生い立ち[編集]
、の写真材料商の家に生まれる。幼少期から現像液の匂いに親しみ、近隣ので回収された古写真を束ねる習慣があったという。家業は小規模な薬品卸であったが、本人は幼いころから「焼けた紙面の色に、持ち主の生活史が残る」と語っていたとされる[4]。
、の理科教師・田所栄一に師事し、学校の暗室を使って退色実験を始めた。ここで作成した「三層紙焼き法」は、のちに彼の初期論文の核となったとされる。なお、当時の記録ノートには昭和34年の台風被害で濡れたフィルム片が大量に貼り込まれており、これが後年の発想の原型になったという[5]。
青年期[編集]
にを卒業後、の事務補助に入り、古写真の整理と湿度管理を担当した。1969年、の臨時調査班に参加し、戦前写真の褪色パターンを都市別に比較する作業に従事している。
この時期、彼は銀座の喫茶店「ル・ソレイユ」で独学の仲間と夜通し議論し、夕景の赤みを「時間の角度」と表現した。後年、この発想はの基礎理論として整理されたが、当初は美術館職員の間で「色温度を詩で測る男」と半ば揶揄されていた[6]。
活動期[編集]
1974年、彼はの倉庫群で行われた市民展示「忘却倉庫計画」に協力し、退色した看板や帳票を現地保存する方法を提唱した。この展示が予想外に反響を呼び、翌年にはの研究補助事業として採択されている。
には、横浜市から川崎市にかけての旧工業地帯を巡る保存ルートを提案した。これは単なる観光路線ではなく、写真館、印刷所、廃線跡、古書店を連結し、退色史を「歩いて学ぶ」ための都市教育計画であった。参加者は初年度で延べ8,400人に達したとされるが、集計には喫茶店の常連客が含まれていたとの指摘がある[要出典]。
1980年代には国立国会図書館の複写保存部門とも連携し、紙焼き資料に対する「三段階色止め」方式を普及させた。さらに、の『全国縁辺色票・関東編』では、電柱広告、船具店ののぼり、海辺の旅館の壁紙など、通常は見過ごされる色の差異を体系化し、学術界に衝撃を与えた。
晩年と死去[編集]
以降はの自宅兼研究室「潮騒文庫」に篭もり、退色の進行を月齢と連動させる「潮目式記録法」を試みた。晩年はの顧問を務め、地方自治体の古写真アーカイブ整備にも関わった。
、東京都杉並区の病院で死去した。享年。死因は公表されていないが、遺族によれば最晩年まで色票帳に赤鉛筆で補注を書き込み、最後の一頁には「夕焼けは保存できないが、保存の意志は保存できる」と記されていたという[7]。
人物[編集]
クリスは、寡黙で几帳面な性格で知られる一方、保存対象の写真に対しては異様に感情移入する癖があった。廃校の集合写真を前にすると、被写体の靴の擦れ具合だけで撮影年を言い当てたとする逸話が複数残る。
また、彼は会議の席で必ず方眼紙を三枚重ねにして使い、うち一枚を「未来の誤記用」と称して空白のまま残していた。これは本人いわく「訂正とは過去への礼儀である」ためとされたが、周囲からは単に紙の使い方が独特なだけと見られていた[8]。
一方で、若手研究者には非常に寛容で、東京や横浜で行われた非公式の勉強会では、参加者が持ち込んだ焼けたポスターや色あせた切符を一枚ずつ見て助言を与えた。なお、相談料の代わりに干し梅を受け取っていたという証言もある。
業績・作品[編集]
彼の業績で最も有名なのは、1982年に発表された『黄昏補正法入門』である。これは夕景の色相を基準にフィルムの年代を推定する方法をまとめたもので、当初は奇抜な着想とされたが、地方新聞社の資料整理で意外な実用性を示した[9]。
次に重要なのが『全国縁辺色票』シリーズである。これは北海道の漁港、瀬戸内海の造船所、沖縄県の市場外壁など、都市中心部では見落とされる色域を採集したもので、全5巻・補遺2冊から成る。とくに『第3巻 風待ちの青』は、色名の多くが漁師の呼称に基づくため、一般読者には判読困難であるが、研究者の間では引用頻度が高い。
さらに、1991年の「セピア回廊実地記録」は、横浜から川崎を経てに至る旧工業ルートを、写真・地図・匂いの記述で追跡した異色の報告書である。巻末に添えられた「潮風による記憶の巻き戻し率 17.4%」という数値は、計測方法の詳細が不明でありながら、しばしば引用されている[要出典]。
なお、彼はの委託で「消えゆく商店街のシャッター色調」調査にも参加したが、最終報告書の表紙だけが異様に濃いセピア色で刷られ、関係者の間で長く語り草となった。
後世の評価[編集]
死後、クリスの評価はのみならず、都市文化研究や民俗学にも広がった。特に国立歴史民俗博物館では、彼の方法論を「記憶の可視化技術」と位置付け、2016年に特別小展示「ユル染めの時代」を開催している。
他方で、黄昏補正の一部は経験則に依存しすぎるとして批判も受けた。とくにの一部会員からは「夕景を使った年代推定は美しいが、再現性が薄い」と指摘されたが、支持者は「再現できない記憶こそ保存の対象である」と応じたという。
近年では、横浜市の学校教育で地域資料を扱う際に、彼の色票帳が副教材として参照されることがあり、地方アーカイブの実践者からは先駆者として扱われている。また、彼の名を冠した「クリス・ユル・セピア賞」が2018年に創設されたが、選考基準が「退色に耐えた資料の美しさ」であるため、応募要項が毎年少しずつ曖昧になる傾向がある。
系譜・家族[編集]
父は山下町で薬品卸を営んだの創業者・セピア庄吉、母は旧姓を相馬とする相馬ハルである。兄に写真機修理士のセピア義雄、妹に司書のセピア玲子がいたとされる。
配偶者はに結婚した山辺澄子で、の自宅研究室の整理を長く支えた。子は二女一男とされるが、長女が「家のアルバムを年代順に並べる係」を幼少期から任されていたため、親族のあいだでは半ば家訓のように語られている[10]。
なお、遠戚にの写真館主がいたという説があるが、本人は生前「親戚よりもネガの方がよく似ている」と述べ、血縁関係の詳細を面白がっていたという。
脚注[編集]
[1] クリス・ユル・セピアの呼称成立については諸説ある。 [2] 退色を記憶の移相とする理論は、後年の保存学でしばしば引用された。 [3] セピア回廊の参加者数には、正規登録者以外が含まれた可能性がある。 [4] 出生地と家業の関係については一部記録が散逸している。 [5] 学校記録は一部欠損しており、実験の詳細は復元推定による。 [6] ル・ソレイユ会合の議事録は個人所蔵のメモに依拠する。 [7] 最後の一頁の記述は遺族証言による。 [8] 方眼紙三枚重ねの習慣は複数の証言が一致している。 [9] 黄昏補正法の実用性については、地域資料で限定的に確認された。 [10] 家族構成は親族名簿と戸籍断片をつなぎ合わせた推定である。
脚注
- ^ 田所栄一『退色層の観察と都市記憶』横浜写真資料研究所, 1971, pp. 14-39.
- ^ クリス・ユル・セピア『黄昏補正法入門』日本色彩保存出版会, 1982, pp. 1-126.
- ^ 神崎美智子『港湾都市における褪色看板の保存』文化庁研究報告, Vol. 7, 第2号, 1979, pp. 55-73.
- ^ Chris Y. Sepia, 'The Sepia Corridor and Peripheral Memory', Journal of Visual Archival Studies, Vol. 4, No. 1, 1988, pp. 11-28.
- ^ 山辺澄子『潮騒文庫日誌』鎌倉資料保存協会, 1997, pp. 9-61.
- ^ 松浦一成『夕景の年代測定に関する基礎研究』日本映像学会紀要, 第18巻第3号, 1984, pp. 201-219.
- ^ Eleanor P. Wren, 'Chromatic Drift in Postwar Japanese Photo Stocks', Archives & Memory Quarterly, Vol. 12, No. 4, 1993, pp. 77-98.
- ^ 相馬玲子『家族アルバムの秩序と逸脱』神奈川民俗叢書, 2005, pp. 133-160.
- ^ 渡辺精一郎『全国縁辺色票・関東編 解題』国立資料整理センター, 1987, pp. 3-44.
- ^ Peter Halden, 'Measuring the Color of Twilight by Municipal Lanterns', Review of Imaginary Conservation, Vol. 2, No. 2, 2001, pp. 5-19.
外部リンク
- 横浜色彩記録アーカイブ
- 潮騒文庫デジタル目録
- 日本映像保存協会資料室
- セピア回廊市民運動記録集
- 国際黄昏補正研究ネットワーク