ボイテーロ
| 名称 | ボイテーロ |
|---|---|
| 別名 | 泡繊維、港湾ボイル材 |
| 分類 | 発酵性複合素材 |
| 起源 | 1908年頃、東京港周辺 |
| 主原料 | 葦繊維、米ぬか、海塩、樹液 |
| 用途 | 梱包材、試食用教材、遮音充填材 |
| 特徴 | 軽量、弱発泡、微発酵臭 |
| 保護制度 | ボイテーロ品質保全条例 |
| 関連機関 | 日本発酵包装学会 |
ボイテーロは、低湿地で採取した植物繊維を東京都中央区式の密封桶で発酵させ、微細な気泡を定着させた半固形素材である。もとは明治末期の港湾倉庫で偶発的に生まれた包装材であったが、のちに「音を吸う食べられない食品」として知られるようになった[1]。
概要[編集]
ボイテーロは、発酵によって得られる微細孔を利用した半固形素材であり、関東大震災以前の東京湾岸部で広く試験されたとされる。一般には食用に向かないが、口に入れた際の「空気の重さ」が独特であるとして、古い職人の間では珍重された[2]。
名称は、港湾倉庫で使われていた「ボイル樽」と、スペイン語風の語尾を好んだ通訳官の癖が混ざって生まれたとされる。ただし、最初にそう呼んだのが誰であったかについては諸説あり、横浜税関文書では「boitero」、の商店台帳では「voitero」と表記が揺れている[3]。
起源[編集]
港湾倉庫説[編集]
もっとも有力とされるのは、にの倉庫で起きた樽材の膨潤事故を契機とする説である。雨水を吸った葦束が米ぬかと海塩の混合液で自然発酵し、翌朝には重量が減ったのに容積がになっていたという記録が残る[4]。
これを見た倉庫主任のは、補修材として再利用するよう命じたが、荷役夫たちが寒天代わりに試食したところ「運搬中に静かになる」と評判になり、周辺の鮮魚商が梱包材として導入した。なお、当時の帳簿には「泡立つ木屑」と記されており、現代の研究者の間でもボイテーロとの同一性をめぐって小さな論争がある。
通訳官改名説[編集]
もう一つの説では、外務省臨時通訳官のが、展示会の配布資料に「保存された繊維圧縮食品」を説明するため、語感のよい造語としてボイテーロを作ったとされる。彼はの関連会議で、英語の "boiled" と港湾語の "taro" を無理に接続したとする証言を残しているが、言語学的にはかなり怪しい[5]。
ただし、カスティーリョが残したとされる私家版ノートには、材料比率として「葦7、ぬか2、塩1、祈り少々」とあり、これが後年の製法標準化に影響したと考えられている。
製法と性質[編集]
標準的なボイテーロは、を細かく裂いてと混合し、海塩を加えたのち、密閉桶で前後発酵させて作られる。熟成中は内部温度が最大まで上昇し、泡の径が平均に揃うと良品とされた[6]。
製法の要点は「撹拌しすぎないこと」にあるとされ、大正期の職人は桶の側面を竹箸でだけ叩いて発酵音を聞き分けたという。なお、叩く回数がになると泡が粗くなり、逆にでは沈降しやすいという経験則が伝えられているが、科学的裏付けは乏しい。
その性質から、ボイテーロは「湿っているのに軽い」「噛むと消極的に戻る」「冷やすと沈黙する」と形容され、料理よりもむしろ舞台装置や楽器内張りに用いられた。特に浅草の小劇場では、拍手の反響を抑える目的で舞台袖に詰め込まれたことがある。
普及と社会的影響[編集]
には、神奈川県の缶詰工場や大阪市の問屋街でボイテーロが実用化され、輸送時の破損率がからへ低下したと報告された。これにより、箱詰めされた和菓子が「ほぼ無傷で届く」ようになったことから、都市部の贈答文化に静かな変化を与えた[7]。
また、ボイテーロは一部の学校で「科学と家庭」の教材として採用され、児童が発酵・比重・吸音を同時に学べる素材として重宝された。もっとも、文部省の検定記録には「味見の比率を重視しすぎる」との注意書きがあり、試験官の一人が昼休みに全量を味見してしまったという逸話が残る。
戦後になると、ボイテーロは昭和30年代の集合住宅における簡易防音材として再評価され、の一部実験棟で壁内部に封入された。ところが、湿度の高い梅雨時にはわずかに発酵が再開し、夜間に「遠くで魚売りの声がする」と住民が訴えたため、改良版の開発が急がれた。
標準化と制度化[編集]
ボイテーロ協会の成立[編集]
、の前身である「臨時泡質研究懇話会」が上野で設立され、翌年にはボイテーロの含水率、泡密度、香気指数を統一するための暫定規格がまとめられた。これが後の「B-5規格」であり、等級はの三段階に分けられた[8]。
規格策定会議では、香気指数を測るために出席者が順番に匂いをかぐ方式が採用され、結果として会議時間が通常のに延びたと記録されている。なお、最後の議事録だけ筆跡が妙に整っているため、後年「秘書がほぼ全て書いた」との指摘がある。
品質問題と改良型[編集]
には、流通量の増大に伴って偽物のボイテーロが出回り、実際には木綿くずを染色しただけの粗悪品が「空気を食べる」と宣伝された。これを受けて農林水産省は、製造者に対し樹液由来の自然発泡率を証明する「泡立ち証明書」の提出を義務づけた[9]。
改良型の「ボイテーロ・ライト」は、従来品よりも塩分を減らし、乾燥時間を短縮したため、関西圏の駅弁包装に普及した。ただし、軽量化の副作用として風に弱くなり、強い北風の日には箱の角からこっそり抜け出すことが報告されている。
文化的受容[編集]
ボイテーロは、実用品であると同時に「食べられないのに食卓にあるもの」として文学や演劇にもしばしば登場した。谷崎潤一郎風の随筆を模した同時代文芸誌では、夕食の膳に置かれたボイテーロが家族の沈黙を象徴する小道具として扱われている[10]。
京都の一部茶屋では、客に供する前にボイテーロを薄く削り、抹茶の表面に浮かべて香りを留めるという風変わりな作法が流行した。これは茶席の作法を乱すとして批判も受けたが、「泡の礼法」としての地方新聞に紹介され、観光客の目当てになった。
さらに、NHKの教育番組では、発酵の実験としてボイテーロを扱う回が放送され、視聴者から「子どもが食べたがって困る」という投書が相次いだ。番組終了後、同素材の需要が一時的に増加したというが、統計の取り方がかなり雑であるとの指摘がある。
批判と論争[編集]
ボイテーロをめぐる最大の論争は、それが「食品」なのか「包装材」なのかであった。職能団体は長年にわたり見解を分け、厚生省は試食を認めず、は流通資材としての補助金対象に含めたため、行政上の扱いが一貫しなかった[11]。
また、保存のために使用された海塩が一部地域の排水に影響したとして、東京湾沿岸の漁業者から苦情が出たことがある。もっとも、苦情の多くは「ボイテーロを積んだ船が妙に静かで不気味である」という印象論であり、実害の程度は資料によって大きく異なる。
近年では、再現実験を行った研究者のうち数名が、発酵槽のふたを開けた瞬間に「昔の駅弁売り場の匂いがした」と証言しており、ボイテーロの記憶喚起作用が脳科学の分野からも注目されている。ただし、再現試験の多くがで終わっているため、長期発酵との比較は不十分である。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 渡会喜一郎『港湾倉庫における泡質資材の起源』日本発酵包装学会誌 第3巻第2号, 1931, pp. 14-29.
- ^ Margaret A. Thornton, “Fermented Fibers and Civic Packaging in Early Tokyo,” Journal of Material Folklore, Vol. 12, No. 4, 1978, pp. 201-224.
- ^ カスティーリョ・マルティン『通訳官備忘録と泡語の生成』外語文化研究社, 1913.
- ^ 佐伯恒夫『B-5規格成立史』中央工業出版社, 1959.
- ^ E. Nakamura, “On the Acoustic Silence of Boitero Panels,” Transactions of the Pacific Society of Quiet Materials, Vol. 7, No. 1, 1964, pp. 3-18.
- ^ 『農商務省臨時調査報告 第十八号 泡繊維の保存性について』内閣印刷局, 1922.
- ^ 北見玲子『駅弁包装の変遷とボイテーロ・ライト』食文化資料叢書, 1984.
- ^ H. Watanabe, “The Smell That Remembers: Boitero and Urban Nostalgia,” Review of Applied Memory Studies, Vol. 5, No. 2, 2009, pp. 77-96.
- ^ 黒川正道『泡の礼法と茶席装飾』京都民芸出版, 1966.
- ^ 『ボイテーロ品質保全条例逐条解説』動管室資料室, 1971.
- ^ F. de la Cruz, “Boitero or Voitero? Orthographic Drift in Port Registers,” International Journal of Contradictory Archival Studies, Vol. 2, No. 3, 1958, pp. 88-101.
外部リンク
- 日本発酵包装学会アーカイブ
- 東京湾岸産業史資料館
- 泡質工学研究センター
- 港湾語彙デジタル辞典
- 旧式駅弁包装保存会