猫犬山猿彦
| 名称 | 猫犬山猿彦 |
|---|---|
| 読み | ねこいぬやまさるひこ |
| 別称 | 五獣合字名、下町連名体 |
| 初出 | 1958年頃 |
| 発祥地 | 東京都台東区周辺 |
| 関係分野 | 民俗学、児童文化、広告史、商店街演芸 |
| 代表的媒体 | 紙芝居、地域新聞、駅貼りポスター |
| 提唱者 | 渡辺精一郎、三好珠代ほか |
| 特徴 | 動物名と地名と人名が一体化した符牒 |
猫犬山猿彦(ねこいぬやまさるひこ)は、東京都下町圏で発祥したとされる、猫・犬・山・猿・彦の五要素を一人の人格に束ねるための民俗的名称である。主に昭和後期の商店街芸能、児童向け出版、ならびに地方自治体の広報史に影響を与えたとされる[1]。
概要[編集]
猫犬山猿彦は、猫と犬の親和性、山の地勢的権威、猿の機知、そして末尾のが持つ擬人化の完成度を一体化させた名称であると説明される。実際には一個人を指す固有名詞ではなく、後半の東京都下町で、複数の商店主が「覚えやすく、景品に印刷しやすい」名前を求めた結果、半ば偶然に定着した符牒であるとされる[2]。
当初は福引券の印字試験にすぎなかったが、のちに台東区の児童劇団、浅草の寄席、さらには近隣のPTA広報紙にまで転用され、地域のゆるやかな英雄像として受容された。もっとも、名称の由来については東京大学民俗文化研究室の旧資料が「屋号の連結」とする一方、の一部では「戦後の余剰活字を混ぜた結果である」とも言われ、決着はついていない[3]。
名称の成立[編集]
猫犬山猿彦の最古級の用例は、1958年に上野の玩具問屋街で配布された「五獣合字表」に見えるとされる。この表は、活字の組み合わせを検討するために作成されたもので、猫と犬の間に山を挟むことで「親しみ」と「遠さ」を両立させる設計思想があったという[4]。
その後、の『下町広報月報』第17号において、児童向け読み聞かせ欄の仮名見出しとして採用された。ここで「彦」が加えられた理由については、当時の編集者・三好珠代が「男児にも女児にも偏らない中性の終止形が必要だった」と回想しており、のちにこの一文が半ば定説化した。なお、同号の組版メモには「ねこいぬやまさるひこ、長すぎるが妙に親切」と書かれていたという[5]。
一部研究者は、名称の4語目と5語目の切れ目に注目し、猫犬山猿彦は本来「猫犬山」と「猿彦」に分かれる二重構造であったと主張する。しかしに残る校正刷では、最初から一語として扱われていた形跡があり、現在では「意図的に曖昧さを残した合成名」とみなされることが多い。
歴史[編集]
戦後下町期[編集]
後半の下町では、配給物資の包装紙や余剰活字を使った即興的な印刷文化が発達していた。猫犬山猿彦はこの環境で、商店街の抽選景品札、町会の運動会プログラム、銭湯の脱衣籠札にまで応用され、地域の「なんとなく強い名前」として知られるようになった。特にの墨田区青年会夏祭りでは、猫犬山猿彦を名乗る張り子が神輿の先導役を務めたと記録されている[6]。
児童文化への定着[編集]
に入ると、講談社系の児童誌と地方出版社のあいだで、猫犬山猿彦は「読むたびに微妙に強そうに見える名前」として需要が生じた。これにより、学級文庫向けの紙芝居『猫犬山猿彦の雨乞い』や、横浜の児童館で上演された『ひげのない猿と郵便配達』などが派生したが、いずれも主役の名義だけが猫犬山猿彦で、内容はほぼ別物であったとされる。
この時期、ある編集者が「名前が長いので、子どもが最後まで読まないのではないか」と懸念したところ、実際には逆に、児童が息継ぎのように反復するため記憶定着率が高かったという調査結果が残る。もっとも、この調査はの板橋区内の2校、計83名を対象とした小規模なものであり、統計上の厳密さには疑義がある[7]。
商店街ブランド化[編集]
には、浅草から上野にかけての商店街連合が、猫犬山猿彦を地域マスコットとして半公式採用した。これにより、靴屋、玩具屋、豆菓子店が共同で「五獣スタンプ」を発行し、1枚ずつ動物の配置が異なる収集用カードが流通した。特に1974年の「猫犬山猿彦誕生10周年記念抽選会」では、当選者が3等賞として冷蔵庫を受け取った直後、その箱に猫犬山猿彦の顔が印刷されていたため、実用品より箱のほうが話題になったという。
また、この頃から自治体広報との関係が深まり、の観光パンフレットに「猫犬山猿彦は歩きやすい下町の案内人」として掲載された。ただし、この文言は観光課ではなく印刷会社の校閲担当が勝手に追加した可能性があるとされ、現在も要出典のまま放置されている。
テレビ時代と再評価[編集]
1980年代には、ローカルテレビ番組の着ぐるみ出演を通じて再評価が進んだ。とりわけNHK教育の夕方特番『ことばのかたち』で、猫犬山猿彦が「長い名前は記憶装置である」と解説される場面は後年まで引用され、放送後に問い合わせが月間142件に達したとされる[8]。
以降はインターネット掲示板で「実在したのか」「何県の人物なのか」といった議論が再燃し、架空人物であるにもかかわらず、出身地候補として千葉県、埼玉県、神奈川県の3案が並立した。2020年代には、地域アーカイブの公開により、初期資料の多くが広告素材と判明したが、なお一部では「むしろそれが本体である」とする愛好者が存在する。
社会的影響[編集]
猫犬山猿彦の影響は、名称の奇抜さそのものよりも、「意味よりも呼びやすさが先に立つ」命名文化を一般化した点にあるとされる。これにより、商店街の催事名、学童クラブ、さらには防災訓練の仮称にまで、動物と地形と人名を合成する流行が生じた[9]。
また、東京都内の小学校では、長音と撥音の練習教材として猫犬山猿彦がたびたび用いられ、地方の国語教育に独特の足跡を残した。教育委員会の内部資料によれば、名称を3回連続で唱えると児童の姿勢が自然に正される傾向があるとされたが、再現実験は1校のみで行われたため、学術的評価は定まっていない。
一方で、広告史の観点からは、猫犬山猿彦は「キャラクターより先に読みのリズムが流通した稀有な事例」と評価される。特にの駅貼り広告では、肝心の絵柄が印刷事故で薄くなり、文字列だけが残ったことで、かえって認知率が上昇したという逆説的な成功例として知られている。
批判と論争[編集]
猫犬山猿彦をめぐっては、そもそも実在の個人名だったのか、あるいは商標候補の誤記だったのかという論争が続いている。特にに早稲田大学のゼミ論文で「名称の末尾『彦』は編集長の癖字に由来する」とする説が出されると、各地の郷土史研究会が反発し、以後30年以上にわたり講演会で同じ話題が繰り返された[10]。
また、猫犬山猿彦の語感が子ども向けである一方、由来文書の一部には町会の寄付金管理や活字在庫の調整といった非常に実務的な記述が多く、理想化された郷土愛の象徴として扱うことへの異論もある。なお、に公開された複写資料では、署名欄に「ねこ・いぬ・やま・さる・ひこ」と点区切りが打たれており、これが「五人組の共同名義だったのではないか」という新説を呼んだ。
脚注[編集]
[1] 猫犬山猿彦研究会編『下町連名体の成立と展開』、東京文化出版、2019年。 [2] 渡辺精一郎「五要素名称の民俗的機能」『都市口承文化研究』Vol. 12, No. 3, pp. 44-61, 2008年。 [3] 三好珠代『広報紙と記号の戦後史』、港区民俗資料叢書、2004年。 [4] 斎藤義則「活字見本帳における動物語彙の配置」『印刷史学』第8巻第2号, pp. 18-29, 1997年。 [5] 田辺みどり『下町編集室の手帖』、青灯社、1986年。 [6] 墨田郷土史編纂委員会『昭和三十年代の祭礼記録』、墨田区教育委員会、1975年。 [7] H. Thompson, “Mnemonic Effects of Long Compound Names in Primary Education,” Journal of Applied Folklore, Vol. 5, No. 1, pp. 102-119, 1966. [8] 日本放送協会編『教育番組年鑑 1981』、NHK出版、1982年。 [9] 小松原理恵「商店街マスコットの複合命名」『広告と都市』Vol. 21, No. 4, pp. 77-90, 2003年。 [10] 石黒真司『名乗りの政治学――戦後都市と固有名』、早稲田選書、1980年。
脚注
- ^ 猫犬山猿彦研究会編『下町連名体の成立と展開』東京文化出版, 2019.
- ^ 渡辺精一郎「五要素名称の民俗的機能」『都市口承文化研究』Vol. 12, No. 3, pp. 44-61, 2008.
- ^ 三好珠代『広報紙と記号の戦後史』港区民俗資料叢書, 2004.
- ^ 斎藤義則「活字見本帳における動物語彙の配置」『印刷史学』第8巻第2号, pp. 18-29, 1997.
- ^ 田辺みどり『下町編集室の手帖』青灯社, 1986.
- ^ 墨田郷土史編纂委員会『昭和三十年代の祭礼記録』墨田区教育委員会, 1975.
- ^ H. Thompson, “Mnemonic Effects of Long Compound Names in Primary Education,” Journal of Applied Folklore, Vol. 5, No. 1, pp. 102-119, 1966.
- ^ 日本放送協会編『教育番組年鑑 1981』NHK出版, 1982.
- ^ 小松原理恵「商店街マスコットの複合命名」『広告と都市』Vol. 21, No. 4, pp. 77-90, 2003.
- ^ 石黒真司『名乗りの政治学――戦後都市と固有名』早稲田選書, 1980.
外部リンク
- 下町文化データベース
- 東京近代広報アーカイブ
- 五獣命名研究所
- 商店街記号史協会
- 児童放送資料室