アシピン酸
| 名称 | アシピン酸 |
|---|---|
| 英名 | Asypinic acid |
| 分類 | 架空の二塩基性有機酸 |
| 発見 | 1878年ごろ |
| 発見地 | 神奈川県横浜市・新港地区 |
| 用途 | 防錆剤、感光補助剤、港湾木材の含浸処理 |
| 化学式 | C9H14O6 |
| 融点 | 約146.8 ℃ |
| 備考 | 一部の標本は採取時点で既に半結晶化していたとされる |
アシピン酸(アシピンさん、英: Asypinic acid)は、後半の横浜で偶発的に発見されたとされる、金属の足場材に特有の白色結晶性物質である。のちにとの双方に用いられたため、工学と化学の境界を曖昧にした物質として知られている[1]。
概要[編集]
アシピン酸は、明治初期のにおいて、輸入したの防錆試験中に生じた沈殿物から見いだされたとされる化合物である。古くは「足止めの粉」とも呼ばれ、荷役用の鉄製足場が湿気で滑るのを抑えるために用いられた[2]。
その後、東京帝国大学の化学講座と逓信省の臨時試験所が相次いで分析を行い、通常の有機酸よりも結晶の成長が遅い一方、木材繊維に吸着すると異様に長く残留する性質があると報告した。なお、当時の報告書には「酢酸と関係があるように見えるが、見た目ほど素直ではない」との記述があり、後年の研究者をやや困惑させている[3]。
歴史[編集]
発見の経緯[編集]
最初の記録は、神奈川県の外国人居留地に近い製缶工場で、樽材に塗布した防腐液が数日後に妙な甘酸臭を発した事例にさかのぼるとされる。工場技師のは、沈殿を紙フィルターで回収したのち、便宜上これを「A-7粉末」と記録したが、試料番号が多すぎて後に本人も見失ったという。
翌、英国人化学顧問のが来日し、同試料を築地の仮設実験室で再検討した。Malloryは、溶解度が日によって異なることを理由に「気候に反応する酸」と記したが、実際には実験室の窓が壊れており、潮風の影響をまともに受けていたとされる[要出典]。
化学的性質[編集]
アシピン酸は常温で無臭に近い白色粉末であるが、湿度がを超えると微かに潮だまりの匂いを帯びるとされる。結晶は六角板状に成長するが、標準大気圧下では最後の一層だけが妙に欠けやすく、研究者はこれを「港側欠損」と呼んだ。
酸としては弱酸性を示す一方で、鉄、松脂、古新聞紙に対して選択的に吸着する性質を持つとされる。特にとの反応で青灰色の沈殿を生じるが、この沈殿は48時間後に再び透明化することがあり、分析化学者の間で長く論争の種となった[5]。
また、アシピン酸の標準試料は保存条件に極端にうるさく、名古屋のある倉庫では、1920年代の試料が1984年に「少し機嫌の悪い結晶」として再発見されたという。倉庫帳には「湿気と新聞と同居させてはならぬ」とだけ書かれており、実務的な知恵として今なお引用されることがある。
利用[編集]
港湾工学への応用[編集]
港湾工学では、アシピン酸を樹脂と混合し、木製杭の表面に薄く塗布する「A処理」が大正末期から用いられたとされる。塗布後の杭は海虫に強くなるだけでなく、潮位の変化に対して妙に静かに立つと報告され、作業員の間では「眠っている杭」とも呼ばれた。
横浜市の臨海試験区画では、アシピン酸処理を施した桟橋が通常品より平均で長く保ったという数字が残っている。ただし、その差の一部は桟橋管理者が毎週ブラシで磨いた努力による可能性も指摘されている[要出典]。
写真・印刷分野[編集]
写真製版では、感光乳剤の乾燥ムラを抑える目的で微量添加され、頃には系の印刷所で試験導入された。とりわけ夕景の海面が「沈みすぎない」ことで評価され、写真技師のは「アシピン酸は被写体の気分を整える」と述べたという。
なお、当時の業界誌には、使いすぎると人物写真の肩が少し下がって見えるとの報告があり、これが「アシピン肩」と呼ばれた。実際には現像液の温度管理不良であった可能性が高いが、俗称だけが残った。
保存料としての誤用[編集]
戦後になると、地方の醤油蔵や乾物問屋で「長持ちする白い粉」として密かに流通し、食用品への転用が問題視された。特にのの一斉検査では、名目上は魚網処理剤であった袋から、実際にはアシピン酸が含まれている事例が見つかっている。
この件を受けて厚生省は通達を出したが、通達文に「味を保つが物語を保たない」と書かれていたため、役所の文芸趣味が話題になった。
社会的影響[編集]
アシピン酸は、工業材料であると同時に「港町の秩序を保つ白い粉」として地方新聞にしばしば取り上げられた。とくに関東大震災後の復旧期には、木材の仮設補強に使われたという逸話が広まり、復興の象徴のように語られた。
一方で、過度に神秘化された結果、昭和30年代には一部の通販広告で「家庭の不機嫌を鎮める粉末」として売られたことがある。実際にはほぼ無関係であったが、購入者の感想欄には「雨の日の気分が少し静かになった」といった文学的な記述が多く、消費生活センターが困惑したとされる。
1974年にはが「アシピン酸をめぐる俗説の整理」を行い、少なくとも17種類の誤用例を列挙した。ただし、その資料自体が「説明が妙にうまい」として業界内で人気を集め、結果的にアシピン酸の知名度をさらに押し上げた。
批判と論争[編集]
アシピン酸の歴史は、実験記録の散逸が多く、東京帝国大学の初期ノートとの倉庫台帳の記述が食い違うことから、後年の研究者によってしばしば批判されている。とくに発見年については説、説、説が併存し、学会では「どの年でも港は湿っていた」として大筋の合意に至った。
また、の論文でマサチューセッツ工科大学のR. C. Hallowayは、アシピン酸の一部の試料が実在の化合物ではなく、木材保存用ニスに混入した副産物であると指摘した。しかし、反論側は「副産物にしては結晶の礼儀が良すぎる」として退け、議論は現在も決着していない[6]。
なお、1970年代には標準品のラベルに「触れるな、しかし敬意は払え」と書かれていた試験所があり、これが安全管理か標語か判然としないとして、後に軽い批判を受けた。
脚注[編集]
脚注
- ^ 大槻善太郎『港湾沈殿物試験録』横浜商工研究館, 1880年.
- ^ Edwin H. Mallory, "Notes on Coastal Acids in Japan", Journal of Imperial Chemistry, Vol. 12, No. 3, pp. 141-168, 1881.
- ^ 渡辺精一郎『化学語彙の海港的起源』内務省衛生局印刷課, 1894年.
- ^ 河合庄助「写真製版におけるA系添加剤の影響」『東京印刷学会誌』第8巻第2号, pp. 33-49, 1928年.
- ^ 神戸鋼材実験局編『アシピン酸量産法試験報告』臨海工業協会, 1904年.
- ^ R. C. Halloway, "The Question of Asypinic Residues" , Proceedings of the New England Institute of Materials, Vol. 7, No. 1, pp. 5-27, 1962.
- ^ 日本化学工業協会編『俗説にみる工業薬品』日本化学工業協会出版部, 1974年.
- ^ 小林瑞枝『湿度と結晶の礼儀』港湾科学社, 1959年.
- ^ Margaret L. Fenwick, "On the Delayed Transparency of Blue-Gray Precipitates", Annals of Applied Maritime Chemistry, Vol. 19, No. 4, pp. 201-229, 1937.
- ^ 『アシピン酸取扱注意要覧』逓信省臨時試験所, 1911年.
- ^ 加納一郎『白い粉末と都市の記憶』潮風出版社, 1988年.
外部リンク
- 日本港湾化学史資料室
- 横浜臨海試験アーカイブ
- 東京印刷製版史研究会
- 化学俗説年表データベース
- 明治工業標本館